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第1485話

 アクセルはウエストポーチから小さな実を取り出し、指先で潰して果汁を瞼に塗り込んだ。  そのまま目を閉じて一分くらい待ち、ゆっくり目を開ける。  すると、ほぼ黒一色だった世界が鮮明になり、木々の形や足下の茂みもハッキリわかるようになった。 「これはサイジの実っていってね、持っておくといろんなことに使えるんだよ」  と、兄が教えてくれたことを思い出す。 「例えばとんでもなく寒いところに狩りに行ったとして、身体がかじかんで上手く動かなくなった時に、これを食べるとあっという間に身体が暖まるんだよ。実を潰して瞼に塗れば、夜目も利くようになる。ただし、使いすぎは厳禁だけどね」  サイジの実はよくも悪くも劇物なので、食べすぎ・使いすぎは身体の不調に繋がるそうだ。  だけど、用法容量を守って使えばかなり便利な道具であることは間違いない。特に雪山での狩りとか夜の捜索には欠かすことのできないものだ。  アクセルは、同じようにピピの目元にもサイジの果汁を塗ってやった。  ピピは、サイジの実の辛味成分が苦手だったようで最初は目を背けて嫌がっていたが、「夜目が利くようになるから」と説得して強引に塗り込んだ。  お互い視界に問題なくなったところで、捜索を開始する。  あまり深入りして帰れなくなったらマズいので、とりあえず麓から少し登ったところを見回ることにした。  ――と言っても、さすがに人の気配はないんだよな……。  人どころか動物の気配すらない。夜だから皆巣に戻っているのか、先程から小動物の一匹も見つからなかった。  例え夜でも、夜行性の動物くらいはいてもいいはずなのだが……。 「……ん?」  遠くから馬の(いなな)きが聞こえた気がして、アクセルは顔を上げた。ピピにもハッキリ聞こえていたらしく、耳をぴくぴくさせて周囲の気配を探り始める。 「……ピピ、今の聞こえたか? 馬の嘶きだったよな?」 「ぴ……」 「もしやアレがスレイプニル……? だとしても、普通に近づいていいのか……?」

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