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第1516話

 もう帰りたい。こんな修行今すぐやめて、美味しいご飯を食べて温かいベッドで眠りたい。ピピと一緒に水浴びして、身体を綺麗に洗ってもふもふの毛を撫でてやりたい。  これ以上強くなれないのなら、頑張ったって意味がないじゃないか。才能がないことは薄々気付いていたけれど……頑張れば何とかなると思っていたけれど……やっぱり、努力だけでは如何ともし難い差があるのだ。  でも、それならそうと最初から指摘して欲しかった。「お前は私のようにはなれないから諦めなさい」と諭して欲しかった。そうすれば無駄な努力に時間を費やすこともなかったし、叶わない夢を見ることもなかった。  そのことが悔しいし、悲しい……。 「アクセル」 「っ、わっ……!」  泣きながら歩いていたら、急に兄に抱き留められてびくんと身体が強張った。視界が利かないので一瞬誰かわからなかった。 「また幻聴に惑わされているの? 急に泣き出すからびっくりしたよ」 「え……?」 「何を聞いたのか知らないけど、それはあくまで幻聴。私は何も言ってないから気にしちゃダメだよ。真に受けて泣く必要ないんだ」 「あ……え……?」  ぎゅう、と抱き締められて、ようやくアクセルは我に返った。  兄の体温や息づかい、穏やかな声が耳に心地よく、徐々に気持ちも落ち着いて来る。 「本物、なのか……? これも幻じゃなく……?」 「幻じゃないよ。正真正銘、お前の兄だ。というか、さすがにこの洞窟も実体のある幻までは出てこないよ。安心して」 「…………」 「ほら、涙を拭いて。もう少しだから諦めずに頑張るんだよ。自分にとって嫌なことを言われたら、それは全部幻聴だからスルーしてしまって構わない。強くなるには、そういうスルースキルも大事だからね」 「は、い……」 「うん、いい子いい子。それじゃ、先に進もうか」  軽く頭を撫でられた後、そっと抱擁から解放される。  離れて行かれるのはやはり不安だったが、直接声をかけてもらえて少し安心した。

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