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第1521話
「ああ……ごめんね、お前を泣かせるつもりはなかったんだ。いい子だから泣かないで」
兄が先程のハンカチで顔を拭いてくれる。そして苦笑しながら言った。
「……でもちょっと安心した。どうやら私の耳がおかしくなったわけじゃないみたいだ。今はちゃんとお前が泣いているのが聞こえる」
「兄上……」
「私はずっとお前を育ててきた。赤ん坊の頃からずっと、一人でお前の面倒を見て来た。お前が泣いたら真っ先に駆けつけて、お腹が空いてるのかおしめが汚れているのか、そういうのを判断しなければならなかった。他に任せられる人もいなかったからね、私がいち早く気付いてあげないといけなかったんだ」
兄が淡々と語り始めたので、アクセルは黙ってその言葉に耳を傾けた。
「だからこそ、同じ洞窟内にいるにもかかわらず、お前の泣き声が聞こえなかったのがショックだったんだよ。自分はそこそこ強いから、今更幻聴に惑わされることもない、普通に歩いていればクリアできる……そういう奢りもあったのかもね。そんな自信も全部ポッキリ折られちゃったから、余計にショックだったんだ」
「そんな……あれはあくまで洞窟内で起きたことなんだから、兄上が自信を喪失する必要ないよ……。普段の生活で声が聞こえなくなったわけじゃないんだし……」
「まあそうだね。実際、洞窟から出てきたら五感も元通りになったから、あの洞窟だけ特殊だったのかもしれない」
「…………」
「何はともあれ、あそこは不可思議な現象がたくさん起きる。幻聴や幻覚だけじゃない。それを知れただけでも、収穫になったかな。これだけ長い事ヴァルハラにいるのに、まだまだ知らないことがいっぱいあるね」
そう言って兄がにこりと微笑んだので、アクセルもくしゃっと笑った。
内心は複雑かもしれないが、とりあえず兄が立ち直ってくれたようでよかった。
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