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第1549話*

 自分が覚えているのは、兄がベッドの上で血まみれになって戦死したあの日の映像だけ。  亡くなった兄の手を握り締め、こっそりキスして、その冷たさに涙したあの日のことだけ。 「なあ、兄上……」 「うん、なんだい?」 「兄上に言われて思い出そうとしたんだが……俺、兄上が亡くなってから自分が死ぬまでのこと、ほとんど覚えてないかもしれない……」 「え、そうなの?」 「うん……。無我夢中で鍛錬して、戦場にも出て戦っていたんだろうけど……細かいことは全然覚えてないんだ……。どうやって生活していたかも、正直曖昧なんだよな……。ある程度は友人もいたはずなのに、どんな友人がいたか全く思い出せない……」 「…………」 「いや、でも兄上が心配してるようなことはなかったはずだ。そんなことがあったら、いくら何でも覚えてるだろうし……覚えてないってことは、これといった出来事は起こらなかったってことだよな。何の問題もないよな」  笑いながらごまかしたが、兄は深刻な顔つきでこちらを見つめていた。  ややあって、泣きそうな顔をするとぎゅっと強く抱き締めてくる。 「ごめんね。私の死に様は、当時のお前にはあまりに刺激が強すぎたね」 「……え? それってどういう……」 「当時のお前は、まだ前線に出たことのない十五歳の少年だった。目の前で人が死ぬ様子とか、生々しい血の匂いとか、そういうのはまだ体験したことがなかったはずだ。それなのに、いきなり血まみれの私を見せられた。片脚を切断されて、正面からもバッサリ斬られてて、ほとんど虫の息の状態だったよね。そんな場面を見たから、ショックで記憶がごっそり抜け落ちちゃったんでしょう」 「っ……い、いや、それは……」  絶対違う、と言い切れないのが辛い。  当時のアクセルにとって、年上の兄はキラキラ輝く憧れの存在だった。綺麗で優しくて、何より強い。自分も兄のようになりたいと思って、未熟ながらも懸命に鍛錬に励んだものだった。

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