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第1600話
天からヴァルキリーの声が降ってくる。それと同時に観客席も静まり返った。
死合い前のわずかな静寂が、最も緊張が高まる瞬間である。
『死合い開始十秒前、九、八……』
いつものカウントダウンが始まる。
アクセルは深く息を吐ききり、小太刀の柄に手をかけた。全身の血管がどくどく脈動して、普段より心音がうるさく感じる。
『三、二、一……スタート!』
合図と共に、怒号のような歓声が沸き起こる。
だがアクセルはすぐには動けなかった。動きたくなる足をどうにか踏ん張り、柄に手をかけたままじっとチェイニーを睨みつける。
暗器使いに闇雲に接近してはいけない。どこから何の武器が飛んでくるかわからないから、下手に間合いに踏み込んだらそれだけで命取りになるのだ。
ここは慎重に様子を見つつ、隙を突いて急所を一点攻撃する。それが確実であろう。
――しかし変だな、動悸が止まらない……。
手の脂汗も収まらず、柄を握っている手が何度も滑りそうになる。
死合いが始まれば緊張なんて忘れてしまうのに、今日に限ってどうしてこんなに緊張しているのだ? 相手の出方がわからないからか? 謎すぎる……。
「あれ、来ないのアクセル?」
と、チェイニーが冷静に距離を測りながら言う。
「それならこっちから仕掛けさせてもらうよ」
チェイニーが素早くボウガンで矢を四本放った。
だがそれはこちらを狙ったものではなく、会場の四隅に向けて発射され、それぞれ地面に突き刺さった。
何のつもりかわからず身構えていると、
「え……?」
突然、目の前がぐるりと暗転した。
煙幕でも使われたのかと思い、咄嗟に狂戦士モードにチェンジし、二振りの小太刀を抜き放つ。
「タアアァァッ!」
風の刃で周囲を晴らそうとしたら、再び視界が開けてきた。
何だかよくわからないが、やられっぱなしはよろしくない。
そろそろこちらも仕掛けなければ……と思い、チェイニーを捜そうとしたのだが、
「……は……?」
自分が今いる場所は、スタジアムではなかった。
何もない草原に、一人ぽつんと取り残されている状態だった。
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