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第1641話

 何も言わずに出て行くなんて水臭い。せめて見送りくらいはしたかった。  というか、ここまで早く出て行く必要があったんだろうか。「そこまで具合が悪いわけじゃないから大丈夫」とか言っていたのに……。 「……はあ」  アクセルは深く溜息をついた。  出て行ってしまったからには仕方がない。自分は次の死合いに集中しよう。  兄が帰ってきたら、「何で黙って出て行ったんだ」と文句を言ってやればいい。  のろのろと顔を洗ってキッチンに入り、昨日のシチューの残りを温めて朝食にした。ピピの分は簡単にサラダを作ってやった。  そしてベランダに出て、日光浴をしながらピピと朝食をとった。  ピピは何かを察したらしく、食事中もこちらを気遣うようにしきりに身体を擦り寄せてきた。そんな優しい仕草が、今のアクセルにはありがたかった。  食事の皿を片付け、庭に下りて軽く準備運動をしてから走り込みを行う。  アロイスとの死合いはとにかく体力勝負だ。途中で力尽きてしまわないように、スタミナはつけておかないと。 「おーい! アクセル、いるかー?」  一人黙々鍛錬を続けていたら、昼前に何故かアロイスが家にやってきた。片手に空の大鍋を持ち、こちらに走ってくるなりそれを押し付けてくる。 「久々におふくろの味が食いたくなった。というわけで、これに作っといてくれ」 「……はあ? いきなり作っといてくれって言われても……。というか、さすがにタダでそんなことしてる暇ないんだが」 「その辺は安心してくれ。ちゃんとお礼の木材も用意しといたからよ」  と、アロイスは家の近くに停めてあった台車をゴロゴロ引っ張ってきて、大量の木材を見せつけてきた。加工しやすいヒノキもあれば、ピピが気に入っている硬い丸太もあった。 「こんだけあれば、しばらく木材には困らないだろ? ペットのうさぎチャンも喜ぶだろうしよ」 「あ、ありがとう……。しかし、何でこのタイミングでおふくろの味なんか……」 「それはアレだ、定期的なホームシックみたいなヤツ?」

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