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第1688話

 それだけ言って、相手の反応を見る前に急いでその場から逃げ出した。  家の近くまで戻って来たら、変な汗がぶわっと噴き出してきた。どうやら相当緊張していたみたいだ。  ――あのまま娼館に連れ込まれていたら、きっとエラい目に遭ってたんだろうな……。  酒をしこたま飲まされて、身体の自由が利かない状態で複数の男に襲われて、抵抗もできずにとんでもないことを……。  少し想像しただけでも血の気が引いてきた。  以前の自分だったら「兄上の話を聞ける」と疑いもせずにホイホイついて行っただろうが、さすがにもう同じような間違いはしない。場所も場所だし、相手も相手だったので、珍しく危険予知ができたみたいだ。助かった……。 「おや、おかえり。どこに行ってたの?」  家に入ったら、ゴロゴロしていたらしき兄がソファーから起き上がってきた。  どう答えるべきか少し迷ったが、下手に嘘をついてもバレるに決まっているので、あえて正直に答えた。 「……次の死合いの下調べを、少しな……」 「次の死合い……てことは、ナダルと会ったの?」 「……会った。けど挨拶以上の会話はしていない。何も聞いてないし、話してもいない。本当だよ」 「ふーん……そうなんだ? 別に何を話してもいいんだけどさ」  兄は興味なさそうに顔を背け、再びソファーでゴロゴロし始めた。  アクセルは湧いてくる好奇心を何とか抑えつつ、兄に言った。 「兄上……死合いに勝ったら、ナダルさんと何があったか聞かせてくれよな」 「ああ……別に何てこともないよ。賭けに負けたから、娼館で一ヵ月働かされただけ」 「え……?」 「当時の私が未熟だっただけさ。昔のことだし、お前が気にする話じゃないよ」 「…………」  ……不意打ちでとんでもないことを聞かされてしまった。  賭けに負けた? 娼館で働かされた? しかも一ヵ月も? それだけでも十分ショッキングなのだが。一体どうしてそんなことに……。  ――というか兄上……一ヵ月も娼館にいたってことは、つまり……そういうことだよな……?

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