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第1703話
「ぴー、ぴー……」
ピピが慰めるように、すんすんと鼻を近づけてくる。それでも涙は止まらなくて、アクセルは何度も目を拭った。
――とにかく、このまま兄上を放っておくわけにはいかない……。
ここはヴァルハラだから、報復で何人も殺傷したとて牢屋にぶち込まれることはない。
だが頻度が多くなれば、さすがに「問題あり」と判断されてヴァルキリーにも目をつけられる。獣化ではないから破魂まではいかない……と思うが、それっぽい施設に送られてしまう可能性は十分にある。
ただでさえ自分たちは「予言の巫女」の息子という特殊な立ち位置にいるのだ。つい忘れがちだが、普通の戦士 より目をつけられやすい立場なのは確実である。
万が一兄が「透ノ国」に幽閉されて、永遠に離れ離れになってしまったらどうしよう。そんなことになったら悲しすぎて、死合いどころではなくなってしまう。
ぐすん、と鼻をすすり上げ、アクセルは一度洗面所に行って顔を洗った。冷たい水でバシャバシャ洗ったら、少しだけ気分が落ち着いてきた。
タオルで顔を拭いているところに、ようやく兄が帰って来た。
「洗濯終わったよ。お前の服も洗濯してきたけど、だいぶ古くなってきたから新しいのを買った方がいいかもね。今度市場に見に行くかい?」
「うん……。それより兄上、ちょっと話があるんだ」
「おや? どうしたんだい、そんな改まって」
「あの……」
兄の顔はいつもと変わらず端整で美しい。血の臭いや汚れなど一切なく、穏やかな表情でこちらを見てくる。とても一晩で娼館を全滅させた人とは思えなかった。
アクセルはすっ……と目を逸らし、消え入るような声で言った。
「……もう、俺のために相手を粛清しなくていいから」
「えっ……?」
「……斬ったんだろ、あの連中を。娼館に溜まっていたから、そこにいた従業員もまとめて全部」
「ああ、うん。同じ穴のムジナだからね。ゴミ掃除ついでに釘を刺しておいただけだよ」
全く悪びれることなく兄が言う。
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