1745 / 2296

第1745話

「そうかい」  兄がズズッとうどんを啜った。  呆れられてしまったかなと思って兄を見たのだが、兄の表情は特に変わっていなかった。 「まあでも、今から諦める必要はないんじゃない? 玉砕覚悟でぶつかって、いろいろ勉強させてもらえばいいよ。彼の戦い方は独特だから、吸収できるものはあると思う」 「え……あ、うん……そうだな……」 「ま、仮に優勝できなくても『トーナメント準優勝』っていう結果は残るからさ。お前のランクもまた上がるんじゃないかな。そしたら私と普通の死合いでマッチングする可能性も高くなるし。そう悲観することもないね」  そう言って、兄は顔を上げた。こう続けた。 「それとは別件で、近いうちに『透ノ国』に行ってこようと思うんだ」 「え……透ノ国? なんでまた……」  透ノ国とは、ラグナロク終盤に訪れた世界である。アース神族の世界(アースガルズ)とも巨人族の世界(ウートガルズ)とも、もちろん死者の国(ヘル)とも違う。どこにも属さない切り離された世界である。  かつては「予言の巫女」と呼ばれた女性――一応、アクセル&フレインの母親だが、「母」と思いたくないのであえて「女性」ということにする――がいたけれど、彼女は導きの石板を破壊したことにより、この世から消えた。今は特に気になるものは残っていないので、訪れる意味もない。  そんなところに今更何の用だろう……? 「最近、『私は何か重大な忘れ物をしているんじゃないか』って思えてきてね」 「……重大な忘れ物?」 「精神的に安定しなかったり、物忘れが多かったり、習慣になっていることをスルーしてしまったりね。ラグナロク前はそんなことなかったから、透ノ国に何かを忘れて来てしまったんじゃないかと思ったんだ」 「そ、それはまたぶっ飛んだ発想だな……? 別にそこまで気にしなくていいと思うぞ? 何かあったとしても、メンテナンスしたり治療したりして対処できるだろ?」  そう言ったのだが、兄の表情は変わらなかった。食べ終えたうどんの箸を置き、こちらに問いかけてくる。

ともだちにシェアしよう!