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第1747話
「一番ヤバいと思ったのは、お前と暗闇の洞窟に入った時。あの時、お前はおかしな幻聴のせいで心を乱されて泣いてたよね? 本来なら私が真っ先に駆けつけなきゃいけないのに、駆けつけるどころかお前の泣き声すら聞こえなかった。私の第六感が全く働かなかったんだ。そんなの、どう考えてもおかしい」
「え、と……それは……あの洞窟は特殊な場だったから、兄上の勘が働かないこともあるんじゃ……?」
「最近の話だと、お前が娼館前でナダルに絡まれた時もね。ああいう怪しい人がお前に近づくと、例え現場にいなくても勝手にこう……気分がそわそわして落ち着かなくなってくるんだ。でも後で話を聞くまでナダルと接触してたこと自体知らなかったし……その後起こった連れ去り未遂でも、私はギリギリまで気付くことができなかった。家の近くだったからたまたま物音で気づいたけど、第六感ならではの『嫌な感じ』はなかったんだ。これが、もっと家から離れていたら助けられなかったと思う。これ、かなりマズい状況だと思わない?」
「ええと……まあ確かに、もともとあった能力が失われているのは不思議だな……?」
「でしょ? いろいろ検査したりメンテナンスしてもらったりもしたけど、結局何も異常は見つからなかったし。明らかにおかしいのに、原因がわからないのも気持ち悪い。それでよーく考えてみたんだ。もしかしたら『ラグナロクの終焉と一緒に、いろんなものを置き忘れてきてしまったんじゃないか』ってね」
「それは……」
肯定も否定もできない意見だ。確実な証拠は何もないし、兄がもっともらしい懸念点を述べているだけで、本当にそうなのかは誰にもわからない。透ノ国に行ったところで、解決するかも未知数である。
――それに、一度透ノ国に行ったら帰って来られるかもわからないじゃないか……。
透ノ国は、大渓谷の狭間から落ちたその先にある世界だ。世界樹 と繋がっているわけではない。行くことは可能だが帰り方はわからないし、現場で何が起こるかも想像がつかない。
そんな危険な場所に、兄を行かせるわけにはいかない……というのがこちらの本音だ。
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