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第1769話

「兄上は……その、俺に抜かされるの、嫌なんじゃないのか……?」 「まあね。今までは、お前の方が強くなっちゃったら私のアイデンティティーがなくなっちゃうと思ってた。けど、今は別にそんなこともないかなと思える」 「それは……」 「あ、決して諦めているわけじゃなくて、単に吹っ切れたというかさ。私より強くなったところで、お前の中身は変わらないでしょう? いつまで経ってもそそっかしいし、お人好しが祟って罠にかかっちゃったりするし、暗いところも苦手だし動揺もしやすいし、泣き虫なところも変わらないじゃないか」 「う……そ、そこまで言わなくても」 「魂を吸収しても、お前は永遠に可愛い弟のままだ。だから特に心配してないよ。私もきっと変わらないから、今まで通りの生活に戻れる」 「兄上……」  兄が手を差し伸べてきた。その目は美しく澄んでいて、曇りのようなものはなかった。少なくとも、無理をして強がっているわけではなさそうだった。 「さ、帰ろうか。これ以上ここにいても得るものはなさそうだしね。それに、浴びちゃった体液も気持ち悪いし。みんなで家の露天風呂にでも入ろう」 「ああ、そうだな」  アクセルはその手を握り返した。  兄の温もりは、いつもと全く変わらなかった。それが心底嬉しくて、少し涙が出そうになった。  薄暗い階段を上り、地上まで戻ってくる。  ピピは真面目に出入口を見張っていてくれたらしく、アクセルたちが戻った途端、ピンと耳を立ててこちらに走り寄ってきた。 「ぴー!」 「ピピ、見張りありがとう。遅くなってごめんな」 「ぴー」 「さ、やることも終わったし帰ろうか。……ピピは帰り方知ってるか?」  生憎、アクセルは透ノ国からの脱出方法を知らない。出口がどこにあるかもわからない。 「ぴ!」  ピピは大きく頷き、顔をある方向に向けた。たくさん浮かんでいる小島の果てに、天まで届く一本の大樹らしきものが生えている。  世界樹(ユグドラシル)とは違うが、瑞々しい緑色の木で、丈夫そうな蔦が何本もそれに巻きついていた。

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