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第1828話
兄を背負いながら泉に浸かっていると、ミューが岩場から声をかけてきた。ミューも血のついた大鎌を泉でバシャバシャ洗っているようだった。そんなところで洗わないで欲しい。
「ああ……まあ何とかなるだろ。あの調子じゃ、どんなに断ったところで押し付けて来そうだったからな。早めに承諾して、こっちに都合のいい条件をつけてやった方がいいんだ」
「ふーん? 何だかよくわからないけど、その透ノ国? 僕行ったことないんだよねー。楽しいとこ?」
「いや……どうかな。何もないから、あまり楽しくはないと思うぞ」
そのままミューと雑談していたら、背中の兄がぴくりと動いた。小さく呻き声を上げ、しきりに指先を動かそうとしている。
アクセルは兄の手を握りながら、首を捻って声をかけた。
「兄上、大丈夫か?」
「あ……アクセル……?」
「ああ、そうだよ。大丈夫、俺は無事だ。ちゃんとヴァルハラに帰ってこられたから心配しないでくれ」
「…………」
「完治にはまだ早いから、このままもう少し浸かってような」
兄は返事をしなかったが、代わりに手を握り返してくれた。
――本当に、戻ってこられてよかった……。
棺に入れられて、蘇生を待っている時、ヴァルハラを飛び回っている光景を見た。
最初はあれもいつもの夢だと思っていたけれど、今思えば、あれは最高傑作に身体を追い出されていたのだなとわかる。もしそのことに気付いていなければ、自分はあのまま彷徨い続けて消滅していただろう。
自分は消滅したのに身体には最高傑作が残って、「アクセル」として兄と生活していたのかと思うと、ぞっとしてしまう。
「そういえばさー、アクセル今週狩りの引率入ってたよねー?」
唐突にミューがそんなこと言い出したので、アクセルはハッと顔を上げた。そんなこと、すっかり忘れていた……。
「どこ行く予定なのー? 間違って立ち入り禁止のところに入るとペナルティー受けちゃうから、気を付けた方がいいよー」
「そ、そうだよな……。考えておくよ」
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