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第1860話
――こっちか。
顔を上げ、アクセルは一直線にその場に向かった。
今どこを走っているのかわからなかったが、とにかく急いで二人に追い付かなければと思った。
――う……この感覚、やはり……!
近づくにつれて嫌な気配が強くなってきた。
腹の底から恐怖を感じるような、胃の辺りをギュッと掴まれているような、そんな不快感を覚える。身体の末端から血の気が引いて行き、背中から嫌な意味での寒気を感じた。
「ぅぎゃああぁ!」
「……!」
男の悲鳴が山にこだました。だいぶ近い。
アクセルは声の場所に駆けつけた。
八本足の巨大な馬が暴れ、今にも男たちを踏み潰そうとしているところだった。
――やっぱりスレイプニルか……!
細かいことを考えている暇はなく、アクセルはほぼ反射的に馬との間に割って入った。
「くっ……!」
硬い蹄を武器で受け止めたが、受け止めきれずに鞘にヒビが入ってしまう。こんな蹄で踏みつけられたら、生身の人間なんて簡単にぐちゃぐちゃにされてしまうだろう。
現に男のうちの一人は右腕を潰され、地面に転がって悶えている。
「大丈夫か!?」
「っ……!?」
「ここは俺が何とかする! きみたちは早く逃げろ!」
「な、なんでテメェが……」
「いいから早く!」
必死に怒鳴り、アクセルはスレイプニルの注意を自分に向けた。
よく見たら、スレイプニルの前足には矢が刺さったような跡があった。おそらくドムたちに射抜かれたのだろう。
スレイプニルがオーディンの愛馬であることも知らなかったとは……いや、教えておかなかった自分の責任か……。
「すまない、手を出してしまって……! 彼らはまだ新人で、ヴァルハラの掟どころかその他のこともまるで知らないんだ……!」
「グルオォォン!」
「すまない、本当にすまない……! 今後はこんなことがないようにするから……一から狩りの指導をするから……だから、今回だけは見逃してくれ……!」
「ヒィィィン!」
「お願いします……お願いします……!」
ほとんど祈るような口調でスレイプニルを宥める。
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