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第2046話

「…………」  急に甘えたくなって、アクセルは兄の胸元に縋りついた。  見た目は厚い胸板だが、力が入っていないと筋肉が柔らかくて弾力がある。  この温かさと柔らかさ、それと兄の香りに包まれるのが一番落ち着くのだ。 「もう……お前は本当に……」  少し苦笑しつつ、当たり前のように抱き締めてくれる兄。 「怒ったり泣いたり、強気になったり甘えてきたり、忙しい子だね」 「……そうかもな。それだけ兄上に掻き乱されている証拠だ」 「私のせいなの?」 「ああ、兄上のせいだ。俺が兄上のこと大好きなの知ってるくせに、未だに俺のトラウマを理解してくれてないところが実に腹立たしい」 「それに関しては申し訳なく思ってるよ……。まさかオーディン様の魔力がそこまで弱まってるとは思わなくてね」 「問題はそこじゃない」  顔を上げ、少しずり上がって兄を見つめる。そして真剣なまなざしで訴えかけた。 「約束してくれ。もう二度と軽々しく命を放り投げたりしないって。俺と同じくらい、自分の身も大事にするって」 「アクセル……」 「兄上は俺より好戦的だ。この先、万が一ヴァルキリーと戦争になったら、苛烈な戦いにも赴きかねない。戦士としてはそれが正しい姿なんだろう。でも俺は……」 「…………」 「俺はもう、二度と兄上と死に別れたくないんだ……」  泣きそうになりながらも、一生懸命気持ちを伝える。  その後の記憶がなくなるほどショックだった出来事。瀕死の兄が血塗れ状態で運ばれてきて、その場で最期の言葉を交わした。  生前は自分の気持ちを伝えることもできず、亡くなった兄の唇にそっと口付けたものだった。その時のキスは強烈な血と涙の味がしたのを覚えている。  そんな経験、もう二度としたくない。もしまた同じようなことがあったら、今度こそアクセルは立ち直れないだろう。  すると兄は、こちらの髪を優しく撫でてこう言った。 「わかったよ。私だって、お前を泣かせるのは本意じゃない。戦うのは好きだけど、お前を置いて死ぬようなことはしないよ」

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