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第2076話

「きみは自分の住処に帰るんだよな? 多分もう会うことはないだろうけど、これからも元気で」  軽くお別れを言って、アクセルはカメに背を向けた。山菜の籠を抱え、急いで山を下りる。  家に辿り着く頃には陽はすっかり落ちていて、兄に少し心配されてしまった。 「ああ、お帰り。危ないことはなかった? 怪我は?」 「大丈夫だよ。オオカミに襲われかけたけど、結局戦わずに済んだからな」  キッチンに採りたての山菜を持って行く。  兄がそこで鹿肉を焼いていたので、自分は隣で山菜のスープを作ることにした。キノコもたくさん入れたので、きっと美味しい出汁がとれるだろう。 「まあ無事ならよかったけど、オオカミがそのまま逃げ帰るなんてことあるんだね」 「例のカメがバリアを張ってくれたからな。あんなのが張られていたら、襲いたくても襲えないだろうよ」 「バリア?」  アクセルは簡単に事情を説明した。  例のカメにずっと付き纏われていたこと、今まで付き纏っていた理由、ついでにカメが流暢な言葉を発していたことも暴露した。 「ふーん……? あのカメくんがねぇ……?」 「妙なヤツだったけど、敵意はなかったからよかったよ。食べる物さえ確保できれば、本人は満足みたいだしな」 「……そう? あまり満足しているようには見えないけど」 「は?」  兄がベランダに続く窓を指し示す。  嫌な予感がしてそちらに目をやったら、案の定例のカメが窓越しにじっとこちらを見つめていた。暗闇の中からだったので、ちょっとホラーだった。 「えええ!? 何でまだついて来ているんだ!? もう用事は済んだだろう?」 「ご飯食べたかったのかな。お前と一緒にいれば、好きなだけ食事できるって味を占めちゃったのかもね」 「そんな……。うちだってかなりギリギリなのに」  アクセルは慌てて窓を開け、カメと対面した。そして膝を折り、カメに視線を合わせて真剣な口調で言った。 「申し訳ないけど、これ以上きみに分けてあげられる食料はないんだ。俺たちも食事しないと生きて行けないからな」 「グァ……」

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