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第5話

「はああああ」  出勤早々、大きなため息をつく俺に、隣席の慎太郎が声をかけてきた。 「どうした。暗い顔だな」 「慎太郎〜」  すがりつくような目でやつを見たら、肩越しに主任と目があった。思わず背中がしゃきん、とする。 「色々あってさ……」  しどろもどろな声で答えながら、主任の動向に意識を集中する。  主任は何事もなかったかのように、俺から視線をはずすと、フロアを出て行った。 「はあああ」  今度のは安堵のため息だ。俺は机の上につっぷした。 「まさか恋の悩みじゃないだろうな。社内のOLをお持ち帰りしたとか」  さりげなく告げられた言葉に、俺は両眼を丸くする。 「何なの。お前、もしかしてエスパー?」 「……まじか?」  慎太郎の瞳も見開かれ、俺は慌てて首を横に振った。 「違う。俺のことじゃないんだ。友達が、その、酔った勢いでいたしちゃったらしくて」 「なんだよ、ありがちなパターンだな。誰?」 「お前の知らない奴」  大学も会社も一緒だから、交友関係のほとんどがだぶってる奴には、厳しい言いわけだ。 「ふーん」  だけど、納得してくれたみたいで、それ以上追及はしてこなかった。 「けどさぁ……全然覚えてないらしくて」 「それは、嘘だな」  慎太郎はキーボードを叩きながら、きっぱりと言った。 「え、なんで?」 「酔ってても、嫌いな女を抱くわけないだろ。お前は、その子のことが好きなんだよ」 「ないない、それはない」  俺はブルブルと首を横に振った。 (ずっとずっと苦手だった。マンションに行った時も、帰りたいってずっと思ってたし)  だけど正直なことを言うと、その後褒められたことで、主任への苦手意識はなくなっている。っていうか、それよりもむしろ……。 (俺ってなんて単純なんだ……)  褒め言葉ひとつで相手の印象がひっくり返るだなんて。けど、そうだったとしても、襲ったりはしない。  そもそも何で俺が主任のことを抱くんだろう。主任が俺を……って言うなら、体格差的にもなんとなくわかるけど……。  そう思った瞬間、朝方にちらっと見てしまった、主任の巨大なものを思い出した。胸の鼓動が速くなり、全身の血が顔に登っていくのがわかる。 「ふーん。やっぱり、お前のことなんだ」  気づけば慎太郎がしらけたような目で俺を見ていた。 「ち、ちがっ」 「別に悩むことないだろう。好きなら付き合えばいいし、そうじゃないなら忘れろ」  慎太郎はおもむろに立ち上がった。 「えっと、慎太郎……?」 「今から外回り。じゃ」 「お、おう」  俺は慎太郎を送り出した後、所内のネットカレンダーで主任のスケジュールを開いてみた。 (今日は1日中会議か……よかった……顔を合わせずに済む……) 「俺と付き合え」  彼の言葉が頭の中を駆け巡り、胸が甘く震えてくる。  網膜に「棚橋直也」のフォントだけがやけに大きく映り込んできて、自分でも自分の気持ちがわからない。 「仕事しよ……」  俺はざわつく胸をおさえながらページを閉じた。

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