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第6話
その日の俺は一日使い物にならなかった。
アパートに戻り、体育座りでシンキングタイム。しかし解決方法は何一つ浮かばず、鬱々とした時間が過ぎていく。
スマホからぴこん、と通知音が鳴った。
(主任からだ……)
俺はスマホを裏返すと、後ろ向きにソファへ倒れ込んだ。
(未読無視……ばれてるだろうなぁ……)
白い天井を眺めながら、俺は心の中でそうつぶやく。
逃げてちゃいけないと思うけど、まだ主任と正面から向き合う勇気が出てこない。
と、今度は着信の音が部屋の中に流れた。さすがにいい加減無視できなくて、スマホをとる。
「あれ……違った……」
意外に思いながら、俺は表示された名前をタップする。
「慎太郎? どうした?」
奴から電話がかかってくる事は滅多にない。
いつも短いメールで用件を済ませる男なのだ。
「あ……うん」
慎太郎はなんだか元気がないようだった。
背後から人の声が聞こえている。多分まだ会社にいるんだろう。
「あの話、どうなったか気になって」
普段よりトーンの低い声で慎太郎は言った。
「あの話?」
「お持ち帰りの件」
「あ、ああ」
部屋には誰もいないのに、慎太郎の様子に引きずられ、俺は声を顰めてこう言った。
「正直、どうしていいか悩んでる。さっきから連絡あんだけど、出られなくて」
情けないけど、話し相手ができたのは嬉しい。一人で抱え込むには、そろそろ限界だった。
「付き合わないのか、その子と」
その子、っていう言い方に、俺は内心苦笑した。
きっと慎太郎の頭の中には、小さくて可愛い女の子が浮かんでいるんだろうな。
悪い。
そのイメージ、全然違ってる。
「うん……無理」
「お前らしくないな。ずっと彼女が欲しいって言ってたくせに」
慎太郎はそう続けた。
「……わけありでさ」
「もしかして不倫か?」
俺は慌てて否定した。
「や、まさか。俺、人のものには絶対に手を出しません」
「じゃあ、何を悩んでるんだ。他に問題なんて何一つないだろ」
あっさりそう言われて、俺は面食らった。
「……そう……かなあ?」
「あとは年齢とか立場の差とかそんなもんだろ? くだらない」
俺はかなり驚いていた。恋バナとか、あんまりしたことないけどさ、勝手にガッチガチの常識人だって思ってた。
もちろん、多様性を認めないとだめな時代だってわかっている。
だけどそれこそ慎太郎は、テンプレート的に三つぐらい年下の女の子を選んで、ごくごく普通の結婚をして……そういう生き方以外考えてないような気がしていた。
「……男同士……とかは?」
ぽろっと、唇からその言葉がこぼれ出た。
一瞬、慎太郎が絶句して、俺は口を滑らせてしまったことを後悔した。
(いくら慎太郎でも、それは引くよな……うん。当然だよ……)
「なんてね、じょうだ……」
おちゃらける俺の言葉を、慎太郎の声が遮った。
「そんなの、問題にすらならない。好きになるのに、男も女も関係ないだろ。大切なのは、自分がその相手をどう思っているか、それだけだ」
説得力のある、きっぱりとした声だった。頭の中から、白い霧が一気に取り去られていく。
(確かに……その通りかもしれない……俺、何を迷ってたんだろ)
すっきりとした頭の中に、主任の顔が浮かび上がった。確実にもう嫌いじゃなくなっている。全然覚えていないとは言え、肌を許し合った、ってことで、かなりの情が湧いているのも事実だ。
好き……だよな。主任を嫌うやつなんているはずがない。この気持ちが、恋なのか、まだ、全然わからないけど。
俺はいてもたってもいられなくなって、立ち上がった。
「慎太郎。俺、決心ついたわ」
とりあえずちゃんと、主任と向き合う。
主任の言い分を、しっかり聞く。
(決めるのは、そこからだ)
「……そうなのか?」
「うん。お前のおかげだ。ありがとな。慎太郎」
奴との通話を終えると、俺は主任からのメールをチェックした。
「Yホテルのバーで待ってるって……まじか!」
俺は慌ててアパートを飛び出した。
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