10 / 17

第10話

 最後の営業先で話が盛り上がってしまい、気づけば夜の八時を過ぎていた。  主任にメールをしたら、すぐに直帰の指示が返ってくる。  なんてことのない業務メールに、なんだか肩透かし。デートのお誘い……を期待してるわけじゃないけどさ、もっと甘い文面になるかと思ってた。  アパートのエレベーターに乗ると同時に、スマホが震えた。慎太郎からのメッセージだ。 『今日、お前んち、行っていい? デートだったら遠慮しとくけど』 「はいはい。予定なんてありません。ウェルカムですよ〜」  そんな独り言を言いながら、サクッと返信する。  エレベーターのドアが開いた瞬間、コートにマスク、サングラスの男が俺の前に立ちはだかった。 (こいつ、昨日の……!)  やばい、と本能が俺に告げる。だけど遅かった。  シュッと、スプレーから白い気体が吹きつけられ、俺は前のめりに男の胸へと倒れ込む。  そしてそのまま、意識を失った。    目覚めると俺はベッドルームに仰向けになっていた。 「おはよう。寝顔、ごっつ可愛かったで。お姫さん」  話しかけてきた人物に、俺は両眼を見開いた。 「山田……社長……」 「そうや。びっくりした顔も、ええもんやなぁ」  山田社長は男っぽい唇を、片方だけ歪めてニヤリと笑った。  俺の部屋に、勝手に赤の他人が上がりこんでいる。それだけでも、とんでもないのに社長ときたら、上半身が裸だ。  スーツの上からでも、はっきりとわかる盛り上がった筋肉は、直に見ると黒光りして、ギリシャ神話に出てくる英雄みたいだった。  って、そんなこと言ってる場合じゃない。 「ちょ、何やってるんですか……!」  俺は起き上がろうと身を捩り、その時初めて拘束されていることに気がついた。  手錠で戒められた両手が、バンザイの形で左右に開かれベッドヘッドの柵に繋がれている。 「ほら、見てみ。可愛く撮れとるやろ」  山田社長はそう言いながら、スマホの写真ホルダーを開いて見せた。 「俺の写真ばっか……なんでっ?」 「暇さえありゃ、尾宮ちゃんの写真隠し撮りしてたんや。知らんかったやろ。そしてこれは、一昨日の分」  山田社長が提示したのは、俺が主任に抱えられ、アパートに向かっている写真だった。 「昨日の盗撮魔……あれ、山田社長だったんですか!」  そう叫んだ瞬間、スツールの上に乱暴に脱ぎ捨てられた、コートとTシャツ、黒いサングラスが目に入った。 「そうや。俺に内緒でおいたしちゃあ、あかんで。尾宮ちゃん」  社長の目がぎらりと光る。 「あの、もしかして社長は俺の事……」 「そう。好きや。尾宮ちゃんが欲しいんや」  ゴクリと俺は唾を飲む。主任の言う通りだった。 「もう俺には構わないって言ってくれたじゃないですか」 「そんなの嘘も方便やろ。それに、あの時とは状況が変わってきたしな」  山田社長は画面をスライドし、別な写真を表示した。 「あ……」  主任と一緒の写真。それはホテルのエントランスで撮られたものだった。全然気がつかなかった。  大量に撮られた俺の写真から、社長の執念が伝わってきて、思わず背筋がゾクゾクする。 「尾宮ちゃん、ノンケやなかったんやな。何も知らん思て遠慮しとったけど、そういうことなら、いくらでもやりようがあるわ」  その写真から何を読み取ったのかわからないが、とにかく社長は確信を持ってしまったらしい。しかもそのカンは当たっているから、これ以上弁解の余地はない。  社長はスマホをスツールに置くと、ベッドの上に片膝を乗り上げた。 「俺には持論があってな。美形の男はSEXが適当。なあ、あいつもどうせそうやろ? それに比べて俺は自分で言うのもなんやけどテクニシャンやで」  スプリングの軋む音がして山田社長の肉体が近づいてくる。 「俺はあんたに一目惚れしたんや。誰にも渡さへん。ましてやあの忌々しい棚橋なんかには絶対にな」  俺のズボンからベルトが抜かれ、シャツが引きずり出される。  ゆっくりとボタンが外されていき、素肌が冷たい空気にさらされていく。  恐怖に……鳥肌が立った。 「惚れてるなんて……嘘ですよね……」  みっともない位、声が震えている。でも俺は、止めなかった。 「どういう意味や……?」  山田社長は不思議そうに首をかしげた。 「本気で俺のことが好きなら、こんなことしないでしょ。俺なんてどうでもいいから、適当なことができるんですよ」  そう言った瞬間、俺の胸に鋭い痛みが走る。 (そういや俺、主任のことを無理矢理……いやいや、あれは酒に酔ってたから……いや、違う。俺はちゃんと責任を取ったわけだし……)  ぎらついていた社長の目が、冷たい色へと変わっていく。 「捨て身の反撃か?  けど、俺にはきかへんな。本当は、俺の気持ち、十分わかっとるくせに。本気やで。ストーカー行為っちゅうのはな、暑いし寒いし散々や。職質やって何回されたやらわからんのやで」 「そんなの……自業自得じゃないですか!」 「そう。自業自得や。やから今から、落とし前つけるんや」  (ダメだ……何を言っても通じない……)  社長の目も口ぶりも、いかにもイッちゃってる感じで、その迫力になけなしの闘志がしぼんでいく。 「俺が、どれほど尾宮ちゃんに惚れとるか、今から体に教えこんだるわ」 (山田社長に火がついた)  後悔したけど、もう遅い。山田社長は舌なめずりしながら、 俺の顎を片手でつかむと、反対の手のひらで唇をいやらし­くなぞった。 「社長、 お願いです。やめて下さい」 「やめへんよ。今からやんか」  頭の中に主任の悲しそうな顔が浮かぶ。  (主任……ごめんなさい) 「今、誰の顔思い出しとる?  悪い子やなあ、尾宮ちゃんは」  山田社長は舌を出して俺の唇をべろりとなめた。  両生類が 這い回るような感触。背筋がぞわぞわして、胸の奥が苦しくなる。  と、心臓がどくん、と音を立てて跳ね、下腹が何故か燃えるように熱くなった。 (なんなんだ この感触) 「あ、言うとくけど、さっきのスプレーな、催淫剤が入っとっるから」  山田社長は唇を解くと、恐ろしいことを囁きかけてきた。 「嘘……そんな……」  頭の中がガンガンして、ろれつが回らない。 「そのうち、腰を振って俺のをねだるんやろうな。我慢せんでええで。欲しいもん、たっぷりぶちこんでやるさかい」  下半身が突然熱くなってきた。  うろたえているうちに再び唇を奪われる。  口の中を山田社長の長い舌がゆっくりと這い回り、俺の体はますます熱くなる。 「うう……く……」  俺は何度も体をよじった。手首をばたつかせ、戒めから逃れようとした。  だけど、頭の中でイメージする動きと、実際の動きとが全然違う。のろのろだ。薬が効いているんだ。このままだと、本当にやられちまう。 「天国見せたるわ。楽しみにしいや」  ボタンが全て外されて、むき出しになった胸元に、大きな手のひらが這い回る。 「うう……」 「尾宮ちゃんの肌、白うてきめ細やかで、触り心地ががええわ。ずっと、夢に見とったんや。尾宮ちゃんとこうやって睦みあうとこ」  節くれだった指が乳首をいじり、じん、とした快感が立ち上ってくる。 「あっ……」 「あれ? こんなところが感じるんかいな。見た目通り、女の子みたいな性感帯やな」  聞き捨てならない言葉が耳の中に流し込まれた。  湿った吐息が耳の中に入ってきて、体の奥がますます震える。 「社長……今なら、間に合います。やめてください」  俺は心を込めてそう言った。 「やめたら、俺とお付き合いしてくれまっか?」 「それは……できません」 「ほんならその提案、呑めへんな」  山田社長はきっぱりと俺の提案を退けて、太い腕で俺の背中を抱きしめ、体を密着させてきた。 「わ……やめて……」  俺の貧弱な胸板に、社長の鍛え抜かれた筋肉が押しあてられる。  手錠で繋がれているとは言え、軽く体重を乗せられているだけで、俺の体はびくともしない。すっかり……薬が回ってしまってる。  社長の指はとても暑くて、乳首が焼き切れてしまうような気がした。 「ふっ  鼻の先からいやらしい吐息が漏れる。 「尾宮ちゃんの声、色っぽいなあ。腰のあたりにビンビンくるわ」  山田社長が嬉しそうに言った。

ともだちにシェアしよう!