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第14話

 俺が眠っている間に帰ったらしく、目覚めたら、慎太郎はいなくなっていた。俺を全身で慰めて、朝になったら、すっといなくなる。すごく、慎太郎らしいと思う。  会社に行くと、奴はもう出勤していて、キーボードをカタカタと叩いていた。  その背中を見ているうちに、重苦しい罪悪感がこみ上げてくる。 (本当にバカだ……俺って……最悪)  抵抗なんて形だけ……最後は腰を振ってよがってた。  親友なのに…… 六年の深くて長い付き合いを、たった一時の欲望で俺は台無しにしてしまったんだ。 「あの……おはよう……」 「あー。おはよう」  慎太郎はチラリと俺の顔を見上げて、すぐにキーボードに視線を戻す。さりげない素振りに徹することが奴なりの思いやりなのか、それとも本当に気にしていないのか、表情だけじゃ読み取れない。 (ごめん……って謝るべきだよな……けど……気まずい……)  昨日の事について、きっちり話をつけるべきだと思う。だけど、もちろん今は無理だ。仕事が終わるのを待つしかない。でも、そのきっかけはどうやってつかめばいいんだろう。  悶々としながら事務を片付けてたら、窓際の主任と目があった。心臓がどくん、と跳ね上がり俺は思わず視線をそらす。  あー、本当に俺は嘘が下手だ。絶対今の態度はおかしかった。カンのいい主任のことだから、何か気づかれてしまったかも。  高速タイピングを繰り出しながらも、心臓の音が鳴り止まない。と、机の上に置いたスマホが震えた。 (主任からだ) 『三十分後に会議室で』 (口頭じゃなくメールで……)  不安に平常心が奪われていく。  あっという間に三十分が過ぎた。  会議室に入る前に、俺は大きな深呼吸をした。 「失礼します」  主任は先に待っていた。 「あの、何でしょうか」  おどおどした声が唇からこぼれる。もう罪悪感でいっぱいで、主任の顔がまともに 見られない。 「……用はこれ」  いきなり主任は俺の顎をく­い、と持ちあげた。   ごく自然にまぶたが閉じられ、俺はキス待ちのポーズをとってしまう。   主任のくすりと笑う声が聞こえ、ちゅっ、と甘い音をたて、ついばむようなキスが落ちる。  口の中に主任の舌が入り込んできた。  舌はゆっくりと歯列を擦り、俺の体にぞくぞくと震えが走る。 「ふっ……うん……」  ああ、この感じ。膝に両手を置いていれば、好きなところに連れてってもらえるような、圧倒的な安心感。   八歳も年上だと、こんなに違うものなのか……。  そんなことを頭に思い浮かべ、慌てて自分で自分にツッコミを入れる。 (今のは俺の事だから。他の誰かと比べてるわけじゃないから……!)  巧みなキスにごっそりと意識を奪われて、さらなる罪悪感が浮かび上がる。 (慎太郎、ごめん。いや、主任、ごめんなさい……)  罪悪感と恍惚感。  相反する感覚に意識を持っていかれている間にも、主任の手のひらは俺の背中を上下しはじめる。  俺ははっと我に返った。 「主任……だめです……ここじゃ……」  唇を解いてたしなめると、主任は俺の腰に片手を回し熱っぽい声で囁きかけてきた。 「いいから、少し充電させろ」 「仕事中ですよ……」 「そんなのわかってる」  射抜くような目で見据えられ、俺の心臓は大きく跳ねた。 「会社の中でお前を抱くのが夢だった。お前は少しも嬉しくないのか? 俺にキスされるの、嫌か?」  俺はぐっとと答えに詰まる。嫌じゃないけど、嬉しい……と言うよりも戸惑いが大きい。  だって俺には、隠していることがある。大きな秘密を抱えてるんだ。  と、その時、 ノックの音がした。 「失礼します」   慎太郎の声だ。慌てて主任から離れようとしたけど間に合わなかった。   「主任……尾宮」   慎太郎は一瞬両目を見聞くと、くっと唇をかみしめた。 「どうした?」  なぜか主任は俺をぐっと引き寄せて、立ち尽くしている慎太郎を見た。  俺は必死で離れようとしたけど、許されない。  慎太郎は俺と主任の間に割り込むと、すごい勢いで俺の体を引き剥がした。 「ちょ、慎太郎……?」 「こんなところで何してるんですか」  慎太郎は主任をにらんでる。 「何って、お前の想像してる通りだよ」  言い訳すると思いきや、主任はそう言い返した。 「そうか。やっぱりお前が付き合ってるのって主任だったんだな」  慎太郎が真剣な表情で俺の顔を覗き込んだ。 「な、なんで?」  俺はゆでだこみたいに赤い顔でそう叫んだ。  いや、確かにその通りなんだけどさ。なんでバレたのか、謎すぎる。  俺は焦って主任を見た。ところが、主任は落ち着き払っている。  昨日、山田社長と睨み合っていた時と同じような不穏な空気が会議室に漂い、俺の胸は不安に曇っていく。 「一昨日レストランで主任と鉢合わせしましたよね。あの後何かあったんでしょ。もっと早く思い出すべきでした」  慎太郎が俺の手を握ったまま、悔しそうに言った。 「痛い、ちょっと、離せよ」  慎太郎の力はとても強く、意味不明な迫力に俺はたじたじになってしまう。 「おい。こいつは俺のもんだぜ」  主任が反対側の手を引っ張った。 「こいつは俺のもんです」  慎太郎も負けていない。 「ごめん。慎太郎。俺たち、付き合ってるんだ。お前、どんな相手だって俺が幸せならいいって言ってくれたじゃんか」  もちろんその後、複雑な関係になってしまった事は反省してる。だけどあれは薬のせいで、不慮の事故で……。 「お前が本気で好きな相手ならいいと思ってた。だけど主任はだめだ」 「なんで」 「嘘つきにお前を渡すわけにはいかない」   慎太郎は険しい目で主任を見た。

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