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第15話

「主任がお前を狙ってるのは知ってた。だけど、お前の方が誰かをお持ち帰りしたって言ってたから、主任は対象外だと思ったんだよ。けど、その後、一昨日、レストランで主任と鉢合わせしたことを思い出して……全ての謎が解けた」 (謎……ミステリー小説みたいだな)  心の中で呟いて、そんな場合じゃないぞ、と心の中でツッコミを入れる。  生まれて初めての修羅場にキョドりすぎて、思考がうまく回らない。 「俺たち、できちゃった婚の話をしてただろ。あの時お前、自分だったら責任取る、みたいなこと言ってたよな。主任はそれを聞いて利用したんだよ。お前の人の良さにつけ込んだんだ。ヤられたって言えば、お前が手に入るって。どうせ、酒でも飲まされて訳がわかんなくなったんだろ。お前、酔うと時々記憶が飛ぶもんな」  慎太郎は自信たっぷりに、俺にとっては全然ピンとこない推理を披露した。 「お前さぁ、何馬鹿なこと……ねえ、主任」  俺はそう言って主任を見た。  もう二人の関係を隠しても仕方ない。ここはオフィスだ。仕事に関係ないプライベートな話は、とっとと片付けてしまおう。  そう思っていたのに……。  主任はすっ、と視線を逸らした。黒目がちな目が、左右に揺れている。  まるで、図星を突かれたような表情だった。 「主任……?」  声をかけてもこっちを見ない。こんな煮え切らない様子の主任、初めて見た。 「罪悪感に耐えきれない、って感じですね。主任にも良心があったんですね」  吐き捨てるような慎太郎の声に、頭の中がぐわんぐわんする。  えっと、つまりこういうこと?  慎太郎の推理が当たってる……ってわけ? 「嘘……ですよね……?」  俺の声が震えている。主任はやっと口を開いた。 「手段はどうあれ、お前はもう俺のもんだろ」  いつもの歯切れの良さが消えていて、視線は相変わらず空中を泳いでいた。 「いや、手段は大事ですよ!」  気がつけば思わず叫んでいた。営業だってそうじゃないか。いきなり売り込みかけたって成功するわけがない。あんたが教えてくれたんだよな。  心の中にじわじわとどす黒い影が広がっていく。ショックだった。聖人君子だとは思っていなかったけどさぁ、まさか、俺を騙すなんて。 「……大体お前が主任を襲ったりできるかよ。逆ならわかるけど」  慎太郎が呆れ顔で言う。  そういえば二回目はあんなにダメージあったのに、一回目は全然だった。何度お伺いを立ててもチェンジしてくれなかった。  ああ、なんだ。そういうことか。 「何にも……なかったんですね。俺、酔っ払って寝ちゃっただけなんですね」 「……まあな」  あっさりと認めてしまう主任に、力が抜ける。 (そういや俺、この人のこと、苦手だったんだ……)  一体何の魔法でそれがひっくり返ったのか。 「伝説の営業マンにとっては、こいつを騙すのなんて簡単だったでしょうね」  慎太郎はそう言いながら、主任に視線を移した。 「嘘だけなら、まだ許せます。主任はこいつのこと本気じゃないでしょ。弄んで飽きたらポイ捨てするつもりですよね」 「はあ? なんでそういうことになるんだよ」 「昨夜、ベランダから逃げたじゃないですか。俺に見られたくなかったんでしょ。こいつと一緒のところ」  慎太郎はさらりと爆弾を投下した。 (そうか。こいつ、山田社長のことを主任と間違えてんだ……!)  背中にじっとりとした汗がにじむ。 「えっと、あの、慎太郎、それは……」 「何のことだ?」  死んだようになっていた主任の目が、ぎらりと光った。 「とぼけないでくださいよ。手錠プレイに、変な薬まで盛ったりして。こいつ、あの後めちゃくちゃ大変だったんですからね」  今度は俺が慌てる番だった。 「それは、俺じゃない」    静かに主任はそう告げた。  そうだ。主任だけじゃない。俺も嘘を抱えてるんだ。 「……慎太郎の……勘違いだって。つか、もう、お前、俺のことはほっといてくれよ。これは二人の問題だから」  俺が慎太郎を押しのけて、この修羅場から逃亡しようと思った時、ドアが開いた。 「二人だけやないやろ。俺も混ぜてや」  山田社長だ。俺のこめかみがズキズキと痛み始めた。

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