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第16話

「あんた、何しに来た」  宿敵の登場に、主任の顔色が一気に変わる。 「おいしいお菓子の争奪戦、自分も入れてもらおう思いましてん」  一晩経って開き直ったのか、山田社長の顔は活力に満ちていた。  俺はもう、疲れ果てていた。主任がいて慎太郎がいて、それだけでもどう収拾をつけていいかわからなかったのに、山田社長まで加わった日にはお手上げである。  それに三人とも俺よりもお互いを牽制しあうことに躍起になっている。そんな空気がビシバシする。 「那須はん、昨夜はずいぶんお楽しみやったみたいやなぁ」 「えっ?」  不意に声をかけられて戸惑う慎太郎に、山田社長はこう続ける。 「尾宮ちゃんの部屋から逃げたのは俺や。以前から尾宮ちゃんに惚れとってなぁ。たまらんなって、思いを遂げようとしたんや」  ぎょっとした表情の慎太郎を見て満足したのか、山田社長は今度は俺に向き直った。 「警察が来たなんて嘘ばっかやないの。本当に、尾宮ちゃんはいけずやわ」  俺は唖然としてしまった。どうして、慎太郎だと分かったんだ? 「もしかして……盗聴器ですか?」 「当たりや」 「いつ、どこに?」 「昨日、ベッドの下に仕込んだんや。半径10メートル以内の声ならささやき声でも拾うっちゅう、最新機種やで」  やばい人だと思ってたけど、それにしてもひどすぎる。ひどすぎて、俺は突っ込むことすらできなかった。  慎太郎は深く考え込んでいるようだった。無理もない。主任と違って山田社長はクライアントという立場だ。それにたった今まで主任だけが悪者だと思いこんでいたから、実は山田社長こそが敵だった、と知っても、すぐには気持ちを切り替えられないのだろう。 「……あんた、結局何が言いたい」  主任が山田社長に詰め寄った。自分にも後ろ暗いことがあるためか、山田社長の狼藉について、追求する気はないらしい。俺はほっとしていた。ほんと、どんな結末でもいいから、この不毛なやり取りに一刻も早く決着をつけたい。 「変化球はやめて直球で勝負することにしたんや」  社長は俺に向き直ると、未だかつて見たことのない真剣な表情でこう言った。 「俺と結婚してくれへんか。絶対幸せにする。約束する」 「結婚……?  そんな……」  馬鹿な……と続けようとした時、後ろ手に回していた社長の右手が、俺に赤いバラを差し出した。 「尾宮ちゃん。心の底から愛しとる。これは俺の気持ちや。受け取ってんか」  いつも冗談ばかり言っている少し高めの声が、かすれている。  俺は条件反射のようにバラを受け取った。  顔が赤く染まっていく。  信じられないことに、山田社長に告白されて、確かに俺の心は動いていた。嫌じゃなかった。俺の部屋に勝手に入り込み、盗聴器を仕込む変態なのに。 (まじかよ……俺……節操がないもいいとこ……) 「ちょっと待った!」  今までおとなしかった慎太郎が、いきなり勢いよく手を上げた。 「俺も、好きだ!」  慎太郎の頬は赤く染まり、目尻は悩ましそうに下がっていた。 「え……?」  ぼっ、と心臓が熱くなった。まるで火がついたかと思うほどの勢いで、全身の血が顔に上がっていく。  慎太郎は俺の手からバラを奪うと、テーブルに投げ捨てるように置く。  顎がつままれ、上向かされた。 「慎太郎……?」  戸惑うような言葉は、重ねられた奴の唇に吸い込まれる。 「んん……」  スーツの胸元に両手を当てて突っ張り、押しのけようとしたけれど、髪の毛に指を入れて後頭部を支えられ、口づけはさらに深まっていく。 「お前な、何をする!」 「俺の尾宮ちゃんやで!」  いきり立った二人が新太郎を俺から引き剥がすまで、多分3秒ぐらいだったと思う。  だけど俺にとっては永遠とも思えるほど長く、燃えるように熱い一時だった。

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