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恋の片道切符

「ずっと好きでした」 ある日、深夜の誰もいない駅の改札口を出た俺は見ず知らずの男から告白された。 「あの……」 返す言葉が見つかるわけもない。俺だって男だし、こんなシチュエーションは初めてだ。 「突然すみません。俺、明日には転勤で今夜しかチャンスがなくて」 「転勤……。でもいつからここに……」 濃紺のビジネススーツに身を包み、暗がりの中でも映える爽やかな笑顔で答えを口にする。 「今日は四時間くらいです!」 「え……よじ……ちょっと待って、今日はって……」 「昨日は二時間、一昨日は三時間半……その前は……」 「ああ、もういいです! 単刀直入に聞きますけど、あなたストーカーですか?」 「違います! 俺はあなたに一目惚れしたんです。だから、毎日あなたに会いたくて……でも、突然好きだなんて言ったら困ると思って、見つめるだけの日々をズルズルと……」 「ズルズルと……て。それ、世間一般的にはストーカーて言うんですよ」 「駅以外では付きまとったりしてません、ここでもただ見つめるだけです。だからストーカーではないです!」 「んーまぁ、軽いストーカーだとは思いますけど、ひとまずそれは置いといて。で、告白された俺にどうしろと?」 「付き合いたいとかじゃないんです。ひとつだけお願いを聞いて欲しくて」 状況に慣れてきたのか、自分が冷静になったのか、まぁ、いいかと俺は軽く頷いてしまった……が、よく考えたら名前も知らない男相手に軽率すぎたかもしれないと思った。 「あ、あのさ……変なお願いはナシでよろしく」 「大丈夫です、監禁したいとか思ってもいいませんから」 「思うのかよ……」 「ち、違います……そうじゃなくて……一度だけ名前を呼んで欲しいんです」 「……名前?」 「俺、小林那央也(こばやしなおや)って言います」 「小林……くん」 「年は二十四歳で、趣味はスイーツ巡り、好きな人は……あなたです」 「あ、いや、自己紹介はいいから……って、自己紹介大事だけど、今じゃないって言うか、タイミングが……」 「ですよね……すいません」 「で、名前を呼べばいいんだよね」 「あ、はい! 思い出に下の名前を一度でいいので呼んで欲しいです!」 「それだけでいいの?」 「はい……十分です」 「なお……」 「あー! ちょっと待ってください」 名前を呼んで欲しいという小学生みたいな願いに楽勝じゃないかと口を開いた瞬間に、阻止される。 「え、何……どうしたの」 「ちょっと深呼吸します、心の準備が!」 見ればスーハーと深呼吸を繰り返し何か気合いを入れる独り言を呟くと、徐に目を閉じてきた。 「準備出来ました、どうぞ!」 「あ、はい……。那央也……って、ほんとに一回でいいの?」 「…………。」 「あの……大丈夫? 目、開けたら?」 「…………ありがとう……ございます」 「ど、どういたしまして」 「嬉しい……です。夢が叶った……」 涙目でそう言うととても嬉しそうに笑った。 「それはよかった」 「これで明日から悔いなく転勤できます、ありがとうございます! では、失礼します!」 それから深々とお辞儀をした小林くんが礼儀正しい挨拶を終えると、そのまま俺の前から去って行こうとする。 「ちょ、ちょっと……!」 「なんですか」 そんな潔い彼の行動に、何故かわからないけど気付いたら呼び止めていた。 彼は今日初めて会った俺のストーカー…… なのに…… 「俺の名前は……羽瀬川修一(はせがわしゅういち)って言うんだ」 *** 「今度はいつ会えるのかな……」 「せっかく久しぶりに会えたのにもう次かよ」 「だって明日にはまた離れ離れだよ、寂しいじゃん」 「我慢するのはあの頃とさほど変わらないだろ?」 「あの時は一瞬だったけど毎日会えた」 「何時間も待って一瞬だろ? 似たようなもんだろ」 「違うよ、待つ時間も幸せになれる。今は会えない時間は寂しい」 「俺だってそうだよ。できることなら一緒に居たい」 「じゃあ、全部放り投げて監禁する?」 「爽やかな笑顔で馬鹿なこと言ってんじゃないよ」 「だって……」 「もうお喋りはおしまい……明かり消すぞ」 「うん」 「那央也……会いたかった、好きだよ」 「俺も……修ちゃんのこと大好き」 ……続く

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