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アディクション・ルージュ~リクエストSS~
「で、どうして帰ってきたんだよ」
「俺の家だ、帰ってきて何が悪い」
「そういうことを言ってるんじゃない。突然帰ってきたらびっくりするだろ」
「イチャイチャしてるお前たちが見れて嬉しいかったけどなぁ」
「親父っ!!」
「梨人様、落ち着いてください。それに、紅茶が冷めますので早く飲んでください」
突然帰国してきた親父。俺たちの目の前で涼しい顔で紅茶をすする姿を眺めながら、ついさっきのことを思い出していた。
*
「梨人様、花に水撒きなんて珍しいですね」
「昨日さ、夢を見たんだよ」
「夢……ですか?」
「暑っつい夏のあの日、神楽坂が一人で水撒きしてた時の夢」
「懐かしいですね。月下美人についてお話したのを覚えてます」
「それで、なんとなく水撒きしたくなった」
あの頃の俺は、神楽坂が傍にいるだけで幸せだった。ずっとこのままでもいいと。
片想いの苦しさに蓋をして目の前のことだけ考えていた。
「こうして庭で二人で水撒きしてると私も思い出しますね、苦しかったあの頃を」
「え、お前も?」
「触れたくても触れられない。近くにいるのに、好きだと言えないもどかしさにどうにかなりそうでした」
お互いが苦しかった筈なのに、表では主と使用人として何も無いかのように振る舞う。
それがあの頃は精一杯だった、俺も神楽坂も。
「随分と拗らせてたよな、俺たち」
「今は気持ちを素直に伝えられるので気が楽になりました。それに……」
「……っ……な、なにするんだっ……やめ、ろ……っ」
「こうして、梨人様の可愛い反応を見て楽しむ趣味もできました」
「悪趣味だ。それに、お前はスキンシップが度を超えてるんだよ」
ところかまわず、今みたいにくちづけをされるこっちの身にもなって欲しい。
「お嫌いですか?」
「嫌じゃ……ないけど……恥ずかしいだろ」
「誰も見てませんから大丈夫です……こっち向いて?」
髪にゆっくりと触れると、後頭部に回した手で引き寄せられ再び距離が近くなる。
「連……」
神楽坂にくちづけられる寸前で目を閉じると、俺たちは静かに愛を確かめる……
「朝から庭でイチャイチャかよ。いいご身分だなぁ」
……はずが、場の空気が一瞬で崩れ去った。
「お、親父っ!?」
「旦那様っ!」
「俺のことは気にしないで、続けろよ」
「できるわけないだろっ!! なにしてんだよ!!」
「なにって、梨人と神楽坂のイチャイチャ見てるだけ」
「そうじゃねぇよ、なんでいるんだよ!」
「帰って来たからに決まってるだろ。邪魔はしないからお前たちはゆっくり楽しめ、俺は先に屋敷に戻ってるから」
ニヤニヤしながら屋敷に戻る親父の後ろ姿を呆然と眺めていると、隣で深いため息が聞こえた。
「梨人様、私たちも屋敷に戻りましょうか」
*
親父が突然帰ってきた意図がまったくわからない。
相変わらずマイペースというかなんというか。
「梨人、俺の顔になんか付いてるのか?」
「付いてない」
「じゃあ、どうしてジロジロ見てる」
「親父がなに考えてるかわかんねぇんだよ。こんなこと初めてだろ、連絡もなしに帰ってくるなんて」
「お前たちが心配で様子を見に帰ってただけだ。神楽坂、あとで俺の部屋に来てくれ」
「かしこまりました」
「神楽坂に用があって俺にはないのかよ」
「ない。梨人は仕事のことだけ考えてればいい」
「はぁ?」
「とにかく、俺は神楽坂に用があるから梨人は水撒きの続きでもしてこい」
「邪魔者扱いしやがって」
「その通りだ。神楽坂行くぞ」
「かしこまりました。梨人様は部屋に戻っていてください」
「わかったよ」
神楽坂と親父がダイニングルームを出て行ってしまうと室内は途端に静かになった。
「急に帰ってきて神楽坂にだけに用があるってなんだよ」
ちょっと待て、もしかして……
いや、まさかな。グレイスは諦めたはずだ。
部屋に戻っても落ち着かない。
「別に大したことじゃないと思いたい……けど」
それから俺の元に神楽坂が戻ってきたのは一時間後だった。
「で、親父は何の用だったんだよ」
「なんだと思います?」
「わからないから聞いてるんだろ。早く言え」
「少々言い難いのですが……」
「うん」
「梨人様のことでした」
「は?」
「本当に梨人様をご心配されて戻ってきたみたいですよ」
「わかるように話せ」
「梨人を頼むと申しつかりました」
「それだけ?」
「それだけとは?」
「お前はうちの使用人だよな?」
「当たり前じゃないですか。姫宮家を出てどこに行けと?」
なんだよ、俺の思い過ごしだったのか。心配して損した。
「いや、そうなんだけどさ。ちょっと心配だったから」
「まさか、グレイス様に言われたことをまだ気にされてるのですか?」
「だってさ、神楽坂にだけ用があるとか言われたら過ぎるだろ」
「逆ですよ。旦那様は、私に念を押されにきたのです」
「念?」
「梨人様を守り姫宮家を繁栄させていって欲しいと。梨人には神楽坂しかいないからと仰ってました」
「あ……そう。そんなことを……」
本当にそんなことを言うためだけに帰国したのか。電話だっていいようなことなのに。
「それで、神楽坂は……」
「命に変えても梨人様をお守りいたしますと、あの時と同じお返事をしました」
「そっか、ありがとう」
「明日には帰らるらしいですよ」
「今日来たばかりなのに?」
「忙しいらしいです。あちらで新しい事業を始めると仰ってました」
「今度は何をするんだ」
「ウエディング事業らしいです」
「マジかよ。姫宮グループをどんだけでかくしたら気が済むんだ」
「梨人様にもそのくらいの野心を持って欲しいと仰ってました」
「俺は別にいいよ。お前が隣にいてくれたら他はどうでもいい」
「さりげなく嬉しいこと言わないでください。しかし、いずれ姫宮グループのトップ立つ御方なのですから野心は持っていただかないと」
「だから親父が登場したわけか」
「それもあります。一番は私たちのことが心配だったみたいですが」
「わかった、明日親父に礼を言うよ」
「そうしていただけると私も安心します」
共に生きるとはこういうことなのだろうな。神楽坂の穏やかな顔を見ながら、そう、深く心に刻むのだった。
「ところで、今日は親父がいるからヤらないからな」
「梨人様が声を抑えれば済むことです」
「え、それはヤるってことか?」
「当たり前です。私は野心のかたまりなので」
親父が神楽坂に頼む気持ちがちょっとわかったかもしれない……。
END
2021/3/1
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