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HIDRANGEA~リクエストSS~
『潤……君の身体は、何度抱いてもすぐに欲しくなる。まるで麻薬のようだ』
『それって褒められてるんですか?』
『当たり前だ、僕がこれほど入れ込んだのは君が初めてだよ』
『光栄ですね。佐伯様に飽きられないようにしないと』
『飽きるどころか落ちる一方だ。足を取られ、ズブズブと……沼から抜け出すことはできない』
『沼……ですか』
『気づいてないだろう?』
『え』
『僕だけじゃないはずだ。君の身体は中毒性がある。抱けば抱くほど手放したくないと思ってしまう』
『本気になったら終わりですよ。シャワー浴びてきます、離してください』
『そうやって僕の腕をすり抜けていく。まだ終わりじゃないよ、ほら……触ってごらん?』
『また大きくして。佐伯様が一番厭らしくて一番気持ちいいです。でも……』
『わかってる、本気にはならないよ。心は無理でも身体は僕のモノだ。そう思うくらいはいいだろう?』
『そういうところ、好きです。続き、早くしましょう……』
*
「潤さん……大丈夫ですか?」
「俺、またうなされてた?」
「眉間に皺を寄せて、苦しそうでした」
「そうか」
佐伯との一件から、ズルズルと続けていた男娼もキッパリ辞め、今は和泉と穏やかな日々を過ごしている。
もう誰も愛さないと決めた俺を変えた和泉の愛は、底なしというか、湧き水のように潤し癒す。
「佐伯様のことですか?」
「え……」
「たまに、寝言で名前を口にしている時があります。黙ってようと思っていたんですけど、すいません」
謝るのは俺の方だ。愛する男が隣にいるのに、過去の男の名前を口する。どんな理由であれ、気持ちのいいものじゃない。
和泉の肩口に顔を寄せると、引き締まった身体が向きを変え、俺を包み込むと汗ばむ額に軽くキスを落とす。
「……お前さ、本当に俺でいいのか?」
「どういう意味ですか」
「佐伯の他にも俺は色んな男と寝た。一生そうやって生きてくつもりだったから、俺は過去は気にしてない。けど、和泉は嫌だろ……」
「気にしてないと言ったら嘘になります。俺より潤さんを知ってる男ですから。佐伯様があなたをどんな風に抱いて、感じる場所も知っているんだと思ったらどうにかなりそうです」
一番長い付き合いだった佐伯は、和泉が言う通り俺の身体を隅々まで熟知していた。
どんな風に抱けば俺が頷いて喜ぶか、感じる場所も嫌がることも全部知っていた。
それでも心は頑なに開くことは……なかった。
「それでも、心は俺にだけくれたと信じてます。身体はこれから知っていけばいい。だから、平気です。ずっと傍にいてくれるんですよね?」
俺を抱きしめる腕に力が入る。
後ろめたい想いが何重にも重なって蔓延っていて、即答できない。
「……お前のことは好きだ。好きだから自分が許せない」
「許さなくていい。俺が癒しますから……傍にいてください」
「和泉……」
「俺が置いていった傘のように、潤さんの傍にいさせてください。今も大事に使っていてくれたのを知った時、すごく嬉しかった」
「なぁ、キスして欲しい」
「どうしたんですか、急に」
「早く……っ……ん、ふ……」
優しく唇を舐めてから薄く開いた隙間から舌を差し込む。絡めて、吸って上顎をなぞりながら激しさを増すキスは何よりも気持ちいい。
「……気持ちいい?」
「あぁ。お前とのキスが一番気持ちいい」
「それって……」
「身体は開いても、キスをしたのは和泉とだけだ。もちろん、佐伯ともこんなキスはしたことない」
「それが条件でしたからね」
「身体は心がなくても快楽を得られるけど、キスは違う。心を許したお前とするキスがどんな愛撫より気持ちいい。意味、わかるか?」
「もちろん。潤さんを抱いたどの男とのセックスよりも、俺とするキスが一番だってことでしょう?」
「そうだ」
帳消しにしてくれとは言わない。佐伯や他の男との過去を上書きするように和泉を愛したい。
……それでもいいだろうか。
「少しずつ築き上げていきましょう。キスだけじゃない、セックスも一番だと言ってもらえるようになります」
「馬鹿だな、お前。俺は、こうして抱き合ってるだけでも十分だ。何もしなくても十分満たされてる」
「本当に?」
「あぁ。前に、クラブの名前の話してくれたろ?」
「HIDRANGEAのことですか?」
「俺みたいだって言ってたけど、俺には和泉が紫陽花みたいだって思った」
「意味、調べたんですか?」
「お前は心が広すぎる」
「そんなことないです。潤さんが佐伯様と会ってる時、嫉妬で狂いそうでしたよ」
「あの時、涼しい顔して酒出してたのにな」
「部屋に向かう二人の後ろ姿を見送るのが嫌でした。だから、心は広くないです」
「そうだけど、お前の寛大な心が俺の心を溶かしたのは紛れもない事実だ」
「もしそうだとしたら、あなただからです。寛大になれるのも嫉妬するのも、全て潤さんだから」
何かを口にしたら余計なことを言ってしまいそうで、「そうか」とだけ呟くとゆっくりと目を閉じる。
優しいキスで再び口を塞がれると確かめるように何度もそれを繰り返した。
「……愛してます」
愛おしげに囁く声に俺の心は和泉からの愛でいっぱいになる。
「いずみ……か」
「どうしました?」
「なんでもない」
辛抱強く俺を愛し、全てを受け止めてくれる。
……まさしく、水の器のような男だ。
END
2020/03/06
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