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TwitterリクエストSS『甘い誘惑と夏の色』

※Twitterでお題リクエストしていただいたSSになります。 お題→音楽フェスで出会う二人。互いの素性を明かさないまま楽しく過ごして、休み明けに出勤したらスパダリドSに豹変した攻 *****  傷心旅行のついでにフェスに寄ったのはたまたまだった。  彼女……ではなく、彼氏と喧嘩別れしたのは数日前。いわゆるそっち側の人間なわけで、それなのに好きになるのは何故かいつも決まってノンケだった。 「人生上手くいかないもんだな」 「急にどうした」 「……いや、なんとなくさ」  それほど大きくないテントの入口に男二人で並んで座り、何をするわけでもなく缶ビールを傾けながらまどろむ。三十ちょっとの俺より十個年上だと言った男が、手にしていた缶ビールを一気に飲み干した。持参したらしいテントは大人二人が寝るには狭く、今も汗ばんだ肌は適度に密着している。  さっきからぽつぽつと会話のキャッチボールをしては黙り、決して場を乱すことなく、もちろん「なんとなく」がどのことを言ってるのか突っ込むこともしない。大人の余裕なのか、そんな雰囲気も心地よい。  遠くから聞こえていた歌声が止むと、歓声が沸き上がった。  行き交う人々は皆楽しそうで、落ち込んでいる自分だけが取り残されているような気にさえなる。 「悠太郎……」  昼飯を買うのに屋台の列に並んだ時、後ろにいた男が悠太郎だった。前後で並んでいるうちにお互い一人参加ということで意気投合し、恋人にフラれた話は流れでなんとなく話した。  今日会ったばかりの悠太郎に恋人がいるのか、結婚してるのか……それも不明で、話してる感じではなんとなくノーマルぽい。  名前を口にした後、言葉に詰まる。コイツにどこまで話していいものか……そう思った時に手を握られ立たされた。 「失敗も失恋も経験値を高めるんだ。啓太がいい男でいないといい男には出会えないぞ」 「え……」 「ほら、行くぞ。俺が好きなアーティストの出番がそろそろなんだよ」  全てを見透かしたような妙に説得力ある助言は、俺の心を動かすには十分だった。  そのままスマホを取り出し、片手で器用にタイムテーブルを確認する指先に視線を移すとあることに気がつく。 「もしかして、お前……」 「何事も経験だ。つーか、明日もそんな顔してたら襲うぞ」  いきなり放った一言は、ツッコミどころが満載で情報処理が追いつかない。  明日はお互いに日常に戻る。なのに、どうして……。けど、どうせ意味なんてないだろう。そう思い直し、「勝手にしろ」と冗談交じりに返事をすると、飲み干した缶ビールを近くのゴミ箱へ投げ入れた。  ** 「だからって……酷くないですか」 「似た者同士だろ。でも、結果よかったんじゃないのか?」 「全然よくないです」  冗談だと思った一言がまさか本気だったなんて聞いてない。しかも…… 「あの……社長」  休み明けに出勤すると社長室に呼ばれ、いかにも高そうなスリーピーススーツ姿の悠太郎と再会した。あっさりとバラされた素性に空いた口が塞がらない。  まさかフェスで楽しく過ごした相手が、自分が働いてる会社の社長だったなんて。 「啓太の弱ってる顔はヤバいな。うっかり勃ちそうになった」  しかもびっくりする俺に追い討ちをかけるように、昨日とは別人のように悠太郎は意地が悪いことを言ってくる。  堂々とした立ち振る舞いに、明らかに高いスリーピーススーツ。口調も昨日よりいい意味で高圧的で、まさに社長という貫禄が滲み出ていた。 「ちょっと待って……ください。俺、社長だって知らなくて……だから、社長と俺とは」 「社長社長ってうるさいな、悠太郎て呼べばいいだろ。それにせっかく知り合ったんだ、これからも傷の舐め合いっこしようぜ」 「舐め合いっこて……」  不意に掴まれた腕を見下ろす。薬指に日焼けの跡があったのを見逃さながった俺は、真正面から切り出した。 「社長も、離婚……されたんですか」 「まぁな。男か女か当ててみろよ」  ノーマルだと思っていたから気にもしなかった。でも、男同士でも誓いあって指輪を付ける場合もある。だから、ダメ元で聞いてみた。 「男……?」 「残念だな、女だ」  無意識に期待していたのか、ガックリと肩を落とす自分に驚いたのと同時に視界が暗くなる。口を塞がれたと気づいた時にはもう遅かった。キスが全てを帳消しにしていくように、それはしばらく続いた。 「ノーマルのくせに何してんだよっ!」 「俺はどっちでもイけるんだ。だから、啓太が言った通り勝手にさせてもらう」  昨日、冗談で返した一言を思い出し事の重大さを思い知らされる。 「いや、あれは冗談で……」 「俺は本気だ。だから、これは二人だけの秘密だぞ。いいな」  人差し指を立て口元に当て、意地悪い笑みを浮かべた悠太郎と目が合う。  視界が暗くなる寸前に目に入った薬指の指輪の跡は、日に焼けて少しだけ薄くなっていた。  END

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