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アディクション・ルージュSS『moonlit night』
見上げた空には雲の間から綺麗な月が覗いていた。
「綺麗だ……」
思わず漏らした声は冷たい空気に混ざって消えていく。
数日の間にめっきり気温が下がって、薄着だと夜は肌寒い。風呂上がりにバスローブ姿のままで窓辺で身体を乗り出しているとうっかり風邪をひきそうだ。
きっとアイツがいたらこっぴどく嫌味を言われるんだろうな。
隣にいるはずの男を思い出し力なく笑うと風がザワザワと揺れる。
綺麗に整った庭も夜になればただの真っ暗闇だ。それでも今日は月の明かりでぼんやりと草花が浮かび上がる。
「流石にこの格好で散歩は風邪ひくよな」
風情を肌で感じたくなり庭に出ようと思ったが、すぐに思いとどまる。今から着替えるのも面倒臭い。結局は、ひとりだとこんなことさえ簡単に諦めてしまう。
「はぁ……」
三日前から神楽坂は海外へ出張に行っている。俺の仕事が立て込んでいるという理由で、親父からの呼び出しを代わりに引き受けた。
神楽坂が帰るのは明日の夜。ひとりの夜も明日には終わると思えば寂しさもなんとかなる。けど、中秋の名月とは誤算だった。
月は何故か物寂しい。それがひとりきりの夜だったら尚更寂しさは倍増する。
舌打ちをして窓を閉めようと手を掛けると、同時にドアをノックする音が聞こえた。
そのまま返事を待たずに開いたドア。コツコツと自分に歩み寄る靴音は、振り向かなくても誰なのかわかる。それは、今さっきまで心を支配していた男だ。
「ただいま戻りました」
振り向くと男はいつもの燕尾服ではなく、仕立てのいいネイビーブルーのスリーピーススーツ姿でそこにいた。
「お前……なんで……」
「あなたが、そんな顔をしているんじゃないかと思ったので」
「どんな顔だよ。つーか、早く帰るなら連絡しろよ」
再び窓に向き直り手を掛けると、神楽坂がそれを阻止する。
「梨人様、わたくしが……」
素早く施錠をすると、窓についたままの俺の手を握り、指を絡ませた。
「神楽坂」
指先に力を込めると、応えるようさらに複雑に絡められる。
数日しか離れていなかった身体は、こんな些細な行為にも熱く疼く。
「こんな格好で、風邪でもひいたらどうするんですか」
耳元で聞こえてきた声は、予想よりも甘く優しく、いつもの意地悪さは微塵もなかった。
「お前が温めてくれるんだろ」
後ろ手にスーツの裾を掴み背中をあずけると、全てを包み込むように強く抱きしめられる。
「そうですね」
短く返事を返した神楽坂が愛おしげに笑う。
月明かりの下で交わす三日ぶりのキスは、酷く扇情的だった。
END
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