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Twitterフォロワー600人記念SS『Dress Code』番外編
微かに開いた窓から金木犀の香りが漂う昼下がり、低く穏やかな声で目覚める。
「大輔、そろそろ起きたらどうだ」
声の主はこの屋敷の若き当主、鷹取英司。鷹取家は俺が勤務する百貨店の上顧客だ。俺が外商部に異動したての頃、何の因果か鷹取家の担当になる前に一度夜を共にした。その後、担当と顧客として再会した日から紆余曲折があって、今では恋人としても仲を深めている。
依頼された届け物を屋敷に届け、次の日が休みの場合はだいたいが朝までコースだ。
昨日もあっという間にベッドへ引きずり込まれた。
「聞こえてるんだろ?」
案の定、散々いいようにされた後で身体は悲鳴をあげている。シーツの中で恐る恐る手足を伸ばすと、背中に温もりを感じたと同時に首筋に軽いキスを落とされた。
重厚なベッドの軋む音と一緒に耳元で囁く声は、朝から厭らしい。
「寝起きに、やめろよ」
「朝の挨拶だろ。それともこっちの方がよかったか?」
後ろから抱きしめている手が前に回って下に移動すると、微かに反応したソレを鷲掴みにされる。
「やめろって……っ」
「いちいちお前な可愛いな」
「うるせえよ。誰のせいだと思ってんだ」
キスの余韻は思いのほかやっかいで、うっかり昨夜の情事を思い出してしまいそうになる。 それでも気づかないフリをして、抱きしめてくる腕を振り解いてもがいた。
「朝から元気だな、それなら起き抜けにヤるのもアリだぜ?」
「無理っ!」
目の前のまくらを掴んで後ろ手に投げつけると、おぼつかない足取りでベッドから降りた。
「そんな歩き方してると樋口に心配されるぞ」
鷹取家の使用人、樋口さんは年配の老人だ。俺と鷹取の関係も早々にバレて、今では無闇に部屋をノックすることすらしない。なのに、寝室の奥にあるシャワールームまで腰を庇うように歩き始めると、ドアをノックをする音がした。
「え、樋口さん?」
「どうだろう。シャワールームへは後で連れてくから、ベッドに戻ってろ」
素早くベッドを降りて、ソファーに投げ捨てられた真っ白なバスローブに袖を通すと鷹取はドアへと歩き出す。
スマートな一連の流れに見とれていると、腕を取られベッドへと押し戻し、そっと尻を撫でられた。
「お、おいっ!」
「全裸でウロウロしてるからだ。せめて下着くらい履けよ」
シャワールームはすぐそこなんだからいいと口にする前に、鷹取が床に散らばる服の中からボクサーパンツを探し差し出てきた。
受け取りもぞもぞと下着を履きながら、鷹取があんなにしつこくて絶倫だなんて知らなかったとしみじみと噛み締める。
一晩相手をした身体はギシギシと音がしそうなほどの筋肉痛なのに、鷹取自身はまったくだ。まだまだ体力が有り余っているような軽快な足取りでドアに近づき「どうした」と外に向かい、声を掛ける。控えめに開いたドアの外から聞こえてきたのは、やはり樋口さんの声だった。何か急用なのかと様子を伺っていると、鷹取があからさまに不機嫌さを表すようにため息を吐いた。
「俺が行かなくてもなんとかなるだろ」
「ですが、先方は社長直々と申しておりまして」
「昨日言ったよな、予定はずらせと」
「左様でございますが……」
「わかった、一時間後に出る。車寄せに車を回しておけ」
鷹取の表情は背にしているからわからないが、顔面蒼白な樋口さんを見ていると余程の事態なのかと心配が募る。
「俺、帰るよ。仕事だろ?」
ベッドに戻ってきた鷹取を見上げ告げると、苦虫を噛み潰したような顔で否定された。
「帰らなくていい。二時間だけ待ってくれ。すぐに終わらせて帰ってくるから」
一時間後には出ると言っていた。だからゆっくり話している時間もないだろうと手短に話も切り上げ帰ろうとしたら、何故か引き止められる。
「忙しいんだろ。俺のことは気にしなくていいって」
百貨店の平社員と代表取締役社長ならどちらが忙しいか一目瞭然だ。こうして時間を作ってくれる裏には膨大な時間調整が生じているに違いない。
お互いに僅かな時間の中で、身体を重ね想いを分かち合う。今の俺にはそれで十分だ。
「いや、待っててくれ。今日は大輔との時間が最優先なんだ」
「でも、社長なんだから急に予定が変わることだってさ……」
あるだろうと言い終わる前に、覆いかぶさってきた鷹取に唇を奪われた。
「……っ……んっ……な、っ……やめろっ、時間ないんだろっ」
「……っ、ない」
時間がないって言ってるのに、言ってることとやってることが違いすぎる。
「鷹取っ!」
「デカい声出すな、わかってるって。惚れた相手と一分一秒でも一緒にいたくて何が悪い」
「わかってるなら、どけよ。つーか、逆ギレついでに惚れたとかさらりと言うなっ」
照れ隠しに足蹴りを食らわすと、ため息をつきながら乱れた髪をかきあげた鷹取と目が合う。
「待ってるよな」
それでも、どうしても帰したくないのかしつこく聞いてくる。流れ落ちた前髪の間からすぐあげるように流し目で見つめられると、もう言うことを聞くしかない。多分、コイツはわかってやってる。見た目も中身も男らしくてカッコいいくせに、時々子供みたいなわがままを言う。そこがまた魅力的で、好きが募る要因になるからやっかいだ。
「……大輔」
「はぁ……わかったよ。待ってるからさっさと行ってこい」
弾かれたようにシャワールームへと消えた鷹取の後ろ姿を見送って、そのまま横になってシーツを引き上げると、間もなく聞こえてきた水音に頬が緩む。
まったく、現金なヤツだ。俺が折れなければ、樋口さんに見張らせてまで引き止めているに違いない。それも最終手段で、結局は言わされるのは俺なんだ。
「まったく、どっちが惚れてんだか……」
「誰が惚れてるって?」
いつの間にかシャワールームを出た鷹取が、全裸のままで濡れた髪をゴシゴシと拭いている。
「出るの早っ。つーか、バスローブ着ろ」
程よく筋肉が付いた引き締まった身体は、目の毒だと視線を逸らして促す。
そんな気も知ってか知らずか、当たり前のように唇にキスが落ちると微かにミントの香りがした。
「いい子で待ってろよ」
歯磨き粉の香りと柑橘系のボディーソープの香りが混ざったキスは、くすぐったいくらいに爽やかなのに身体は疼いて熱くなる。
名残惜しくてそっと腕に触れると、今度は鷹取がその手を優しく引き離す。
そして余韻を残すようなディープなキスを返すと、クローゼットへと歩き出した。
こんなキスをされたら帰りたくても帰れない。狡いと言ったところで、コイツの想定内なんだろうと思い、口にするのをやめた。
そうしている間にもスーツを選び、ワイシャツに袖を通してネクタイを選ぶ。
「大輔、チャコールグレーのスーツには何色のネクタイが合うかわかるか?」
鷹取の担当になりたての頃、身なりをキツく指導された。質のいいものを身につけるからこそ男の価値が上がって、それが仕事にも活きる。金持ちを相手にする外商の仕事には必要不可欠で、屋敷に行く度に身なりをチェックされダメ出しをされていた。今では昔よりも気にするようになり、褒められることも多くなり、こうして時々選ばされたりもする。
「うーん、ブラウンで渋いのも似合うけど。靴は何色?」
「ブラウンにするつもりだ」
「じゃあ、その一番左の細かいドットのブラウンかな」
即座に鏡であてがって確認すると「悪くない」と口にした。
「仕込んだ甲斐があったな。上出来だ」
褒めらて嬉しさと恥ずかしさにシーツを被って背を向けると、肩口にキスを落とした鷹取は足早にドアへと向かった。
「行ってくる」
「あぁ、行ってらっしゃい」
そのままシーツにくるまったまま送り出すと、旦那を送り出す妻のような感覚に急に恥ずかしくなる。
そんな何気ないやり取りにさえまた一つ想いが積み重なり、身体に潜む熱を持て余すように唇を噛むと、金木犀の香りが部屋中に漂っていたことに気づいて苦笑した。
END
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