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アディクション・ルージュ~2023バレンタインSS~

『スイートナイトルーム』 「これ、やる」  仕事終わりにいつものように梨人様の部屋に行くと、突然、赤いリボンが掛かった真四角の黒い箱を突きつけられた。 「え、あの……」 「いいから開けてみろよ」  サテン生地のリボンに手を掛け、言われるがままにそれをほどく。  中を覗き込むと、甘い匂いを放つ何かのかたまりが見えた。多分、チョコレートだ。  しかし、どの角度から見ても湾曲しているだけの形にしか見えない。 「何か言えよ、神楽坂」 「あ、ありがとう……ございます。チョコレート……ですよね」 「他の何かに見えるのかよ」  相変わらず偉そうな口振りにイラッとするわけでもなく、ただ可愛いだけだと自覚する。  使用人と当主の関係とは別に、恋人同士でもある俺たちはいつもこんな感じだ。 「いえ……別に」  平常心を装って返事はしたものの……。チョコレートなのはわかる。だけど、どう見ても歪すぎて形が定まらない。余計なことを言うよりは聞いた方がいいと再び口を開いた。 「……で、この湾曲したかたまりは何ですか?」  すると、急に顔を赤らめながら、梨人様は小さい声で何かを呟く。 「え、よく聞こえませんでした」 「……ハートだよ、ハート!」  余程恥ずかしかったのか、ぶっきらぼうにそれだけ言うと俯いてしまった。 「え……あぁ……なるほど」  とりあえず脳内で、即座に情報処理をする。今日はバレンタインデーだ。恐らく梨人様は俺の為にチョコを手作りした、ハート型にすべく悪戦苦闘しながら。  日頃は厨房になんか寄り付かないし、出された料理を食べるだけなのに……と、考えていると、急に梨人様が何も言わずに踵を返し歩き出そうとしていた。 「ちょっと待ってください!」 「な、なんだよ。どうせ腹の中では笑ってるんだろ。厨房だって初めて入ったし、チョコを湯煎で溶かすことだって知らなかった。でも……」  鼻の頭にチョコが付いてることも気づかないくらいに、夢中で作ったと思うと……。 「笑うわけないじゃないですか。嬉しいです、とても……」  今すぐにでもベッドに押し倒し抱き潰したい心を沈め、最大限の理性を働かせると鼻先に唇を寄せる。 「ちょっ、何してんだよ!」  焦る梨人様を無視してそのままくちづけ、舌先で掬い上げるように舐めた。 「……神楽坂」 「甘いですね」  恐らく、自分で作っていて不意にチョコが付いたのだろう。 「ありがとうございます。梨人様からの愛はちゃんと伝わりましたよ」 「あ……愛って……そんな恥ずかしいことよく言えるな」 「では、大好きです……と、言えばよろしいですか?」 「なんか、お前っぽくない……」  無意識なのか、何かを期待するような言葉に理性はもう限界だった。 「愛してます、梨人様だけを」  甘い雰囲気を包み込むように、ゆっくりと手を握り引き寄せ抱きしめる。手にしていた箱を落としてしまわないように受け取ると、「ありがとう」と言われた。  どちらの意味かなんてどうでもいい。今度こそベッドへと誘い、俺たちはチョコよりも甘いくちづけを交わした。 END

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