23 / 25
アディクション・ルージュ~2023バレンタインSS~
『スイートナイトルーム』
「これ、やる」
仕事終わりにいつものように梨人様の部屋に行くと、突然、赤いリボンが掛かった真四角の黒い箱を突きつけられた。
「え、あの……」
「いいから開けてみろよ」
サテン生地のリボンに手を掛け、言われるがままにそれをほどく。
中を覗き込むと、甘い匂いを放つ何かのかたまりが見えた。多分、チョコレートだ。
しかし、どの角度から見ても湾曲しているだけの形にしか見えない。
「何か言えよ、神楽坂」
「あ、ありがとう……ございます。チョコレート……ですよね」
「他の何かに見えるのかよ」
相変わらず偉そうな口振りにイラッとするわけでもなく、ただ可愛いだけだと自覚する。
使用人と当主の関係とは別に、恋人同士でもある俺たちはいつもこんな感じだ。
「いえ……別に」
平常心を装って返事はしたものの……。チョコレートなのはわかる。だけど、どう見ても歪すぎて形が定まらない。余計なことを言うよりは聞いた方がいいと再び口を開いた。
「……で、この湾曲したかたまりは何ですか?」
すると、急に顔を赤らめながら、梨人様は小さい声で何かを呟く。
「え、よく聞こえませんでした」
「……ハートだよ、ハート!」
余程恥ずかしかったのか、ぶっきらぼうにそれだけ言うと俯いてしまった。
「え……あぁ……なるほど」
とりあえず脳内で、即座に情報処理をする。今日はバレンタインデーだ。恐らく梨人様は俺の為にチョコを手作りした、ハート型にすべく悪戦苦闘しながら。
日頃は厨房になんか寄り付かないし、出された料理を食べるだけなのに……と、考えていると、急に梨人様が何も言わずに踵を返し歩き出そうとしていた。
「ちょっと待ってください!」
「な、なんだよ。どうせ腹の中では笑ってるんだろ。厨房だって初めて入ったし、チョコを湯煎で溶かすことだって知らなかった。でも……」
鼻の頭にチョコが付いてることも気づかないくらいに、夢中で作ったと思うと……。
「笑うわけないじゃないですか。嬉しいです、とても……」
今すぐにでもベッドに押し倒し抱き潰したい心を沈め、最大限の理性を働かせると鼻先に唇を寄せる。
「ちょっ、何してんだよ!」
焦る梨人様を無視してそのままくちづけ、舌先で掬い上げるように舐めた。
「……神楽坂」
「甘いですね」
恐らく、自分で作っていて不意にチョコが付いたのだろう。
「ありがとうございます。梨人様からの愛はちゃんと伝わりましたよ」
「あ……愛って……そんな恥ずかしいことよく言えるな」
「では、大好きです……と、言えばよろしいですか?」
「なんか、お前っぽくない……」
無意識なのか、何かを期待するような言葉に理性はもう限界だった。
「愛してます、梨人様だけを」
甘い雰囲気を包み込むように、ゆっくりと手を握り引き寄せ抱きしめる。手にしていた箱を落としてしまわないように受け取ると、「ありがとう」と言われた。
どちらの意味かなんてどうでもいい。今度こそベッドへと誘い、俺たちはチョコよりも甘いくちづけを交わした。
END
ともだちにシェアしよう!