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Xお題(惚れた)SS『思い出は雨の中』
Xで公開したお題(惚れた)SSです。
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隙間をぬって時々飲みに行く仲で、決してそれ以上ではなかった。なのに、意識し始めたのは何回目だったか……。
バーカウンターの一番奥で、アイツを待ちながらぼんやりと考えた。
「寝てんの?」
目を閉じていても香るシダーウッドの香水は、誰かからのプレゼントだと言っていた。魅惑的な香りに誘われるように、視線を合わせ向きを変えると、木製の椅子がギシッと鳴る。胸板の筋肉がわかるくらいフィットした黒いTシャツに黒いジャケット、デニム地のパンツのポケットに手を突っ込んだまま現れた男が再び口を開く。
「なぁ、お兄さん。オレと遊ばない?」
いつの間にか隣りに腰掛け、酒が入った俺のショットグラスを横取りして一気に飲み干した。
「遊ぶって……」
「いいことしようよ」
軽く鼻で笑いながら、ジャケットの内ポケットからタバコを出す。慣れた手つきで口に一本咥えると、オイルライターで火をつけた。
視線を上に向け煙を吐き出した後、顎に手を置き俺を覗き込むように首を傾げる。黒髪が流れるように落ちるのも、試すかのような眼差しも妙に色気があって心がザワつく。
「冗談言うなよ。飲まないなら帰るぞ」
からかわれてるのは自覚してる。それでも一歩踏み出さないのは……踏み出せないのは理性ある大人だからだ。
出会いも、このバーだった。失恋して、落ち込んで飲んでるところに現れたのがコイツだ。冗談を交えながら慰められ、それから時々会うようになった。失恋で傷ついた心には余程刺激が強すぎたみたいだ。あっという間にペースは乱され、次第に気持ちは傾いていた。時々豪快に笑う顔や、強引なのにどこか優しくて憎めない。明るくて誰とでもすぐに打ち解けられる性格は、地味な俺とは真逆だ。
だから、かもしれない……惹かれたのは。
「冗談じゃねぇよ、今夜は帰すつもりはないぜ」
けど、すぐに俺には不釣り合いだと理性が邪魔をする。
現に俺たちは、別にそういう関係ではない。
「何言ってんだよ。あの……さ。俺たちって、ただの飲み仲間だよな?」
視線を合わせ、頬杖をついたままの隼士(はやと)に問いかける。
「お前はそれでいいの?」
さっきまでニヤニヤと締まりのない顔だったのに、急に真顔で聞いてくるのがズルい。やっぱり好きだと思ってしまう。
「いいって……」
「お前さ、オレのこと好きだろ」
「…………え」
言葉にされて動揺した俺は、意図的に距離を取ろうとして……椅子がガクンと音を立てて揺れる。
「千紘(ちひろ)!」
全てがスローモーションだった。視界がぐらりと揺れて、目の前の隼士が俺の腕を掴んで引き寄せる。
「大丈夫か?!」
バーのマスターも心配して声を掛けるほど、盛大に椅子ごと転がりそうになってしまった。
「何やってんだよ、危ないだろ」
「ご、ごめん……やっぱ、俺ムリだ」
これ以上一緒にいたら、想いを口にしてしまうだ。そう思ったと同時に、咄嗟に財布から一万円札を抜き出しテーブルの上に置くと席を立つ。
「ちょ、ちょっと、待てよ!」
そして、背後から聞こえる隼士の声も無視して、店を飛び出した。
駆け上がるように外階段を上がり、あと一歩で地上だと思った矢先、後ろから腕を捕まれた。
「千紘っ、どうしたんだよ!」
「離せ……」
「悪かったよ、そう怒るなって」
行き交う人たちは、俺たちを見て見ぬふりして通り過ぎていく。酔っ払いのいざこざくらいに思っているのだろう。
「人の気も知らないで!」
掴まれた腕は強い力で引き戻され、階段を上がりきる手間で足止めを食らった。そのまま後ろから抱き締められると、隼士の声がより近くから聞こえた。
「オレだって同じなんだよ」
「……同じ?」
「お前が好きだ……惚れてる」
路上を歩くサラリーマンと一瞬目が合い、何か不思議なモノを見るような顔をされた。
それでも隼士の声は、腕は、俺を離そうとはしない。
「なあ、千紘も同じじゃないのか?」
身体をよじって隼士と向き合うと、見たこともないくらい真顔の隼士と目が合う。そういえば今更気づいたけど、いつもメガネなのに今日はかけてはいない。だからなのか、至近距離から見る隼士は、どこか違う人に見える。
「隼士……」
重なる視線の先には淡い初恋を思い出す。こんな時にどうしてと思って、すぐに納得した。
「ちーちゃん、いい加減思い出せよ」
「ウソだろ……お前が……」
幼稚園児だった頃、仲がよかった男の子がいた。同じ幼稚園に通っていたのに、その子は親の転勤ですぐに引越してしまい、一緒だったのはほんの数ヶ月。ひとつ年上だったその子は明るくて誰とでもすぐに友達になれる……そういう男の子だった。
ひとつしか違わないのに、すごく頼もしくみえて、俺はずっとそれを憧れだと思っていた。けど、二十年経った今も、忘れずにいる。ずっともう一度会いたいと思っていた。
「思い出してくれた? オレさ、ずっとちーちゃんに会いたかったんだぜ」
「でも、なんで……」
偶然だと言っていたけど、どこまでが本当なのかわからない。けど、そんなことはどうでもよかった。また会えたことが、俺には嬉しくて……。
「泣きボクロが二つ並んでる奴なんてそんないないからな。それに、優しすぎるところも変わらない」
「隼士だって、泣きボクロ……」
「同じように二つ並んでるなんて運命だよな」
お互いに同じ場所に泣きボクロがあるのも奇跡だし、こうしてまた会えたのも奇跡だ。
初恋は再会するとダメになるってジンクスがあるけど、俺たちには関係ないと思えた。
「ずっと会いたいと思ってた。だから、嬉しい」
「それだけか?」
「俺も……好き」
気づけば外は雨が降り出し、行き交う人たちは足早にどこかへ向かう。今夜は店に来る客も少ないだろう。
「ようやくだな。長かった」
「もしかして、偶然……じゃなくて捜してた……とか」
「さあな」
「相変わらずお前は……」
誰にも邪魔されずに俺たちは再会を懐かしみ、止まった想いを動かすかのように静かにキスをする。
そういえば、隼士と最後に会った日も雨が降っていた。
そして雨音を聞きながら思い出す、「バイバイ」じゃなくて「またな」と言われたことを……。
END
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