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第16話

翌朝ホテルの朝食をたらふく食べた俺は政行さんが早々にチェックアウトの手続きをしているのを眺めていたら、車に乗せられ高速道路を走っている。 今日も引き続きホテルに泊まると思っていたし、母さんに伝えていた予定ではそう聞いていたのに何処に行くのか分からず俺は首をかしげた。 「ほら。好きだろ?」 「んー。嫌いじゃないけど、まだお腹膨れてるし…」 「昨日からよく食べてるんだから、これくらい食べられるだろ」 パーキングエリアで休憩をしていると、政行さんにソフトクリームを差し出される。 確かに今日も日差しが強く少し気温もあがったきていた。 喉が乾いたので飲み物でも買おうかとパーキングエリア内のコンビニで飲み物を見ていたら政行さんが居ないことに気が付いてフラッと戻ってきたと思ったら手にはソフトクリームを持っていたのだ。 朝食のビュッフェをたらふく食べてお腹は空いていないが、なんやかんや言いつつも折角なのでと受け取った。 「ん。冷たくておいしい」 「それはよかったな」 コンビニから出て車に戻ってソフトクリームを食べはじめる。 ミルクの味が濃くて美味しかったので、ついつい感動して声が漏れる。 政行さんは冷たいお茶とコーヒーのペットボトルが入ったビニール袋を持っていて、ホルダーにコーヒーのペットボトルを差してお茶のペットボトルの蓋を開けて中身を煽った。 政行さんの上下に動く喉を眺めながらソフトクリームを舐めていたら、俺の視線に気が付いた政行さんが俺の首筋を撫でる。 今日も首筋を守る為の首輪をしていて最初は恥ずかしかったが時間がたつと政行さんの所有物みたいで嬉しいと思っている自分がいた。 そして、俺の首筋を撫でた後に膝の上に置いていたぬいぐるみの頭も撫でてくれる。 「今日って何処に行くの?」 「ん?行ってからのお楽しみだな」 折角なのでこれから何処に行くのか聞いてみたが、どうも教えてくれる気はないらしい。 俺がまだアイスを食べているが政行さんはエンジンをかけて車を発進させた。 高速の標識が目に入ったので何気なく読んでみると、自宅の方へ向かっているらしい。 1日早く帰るつもりなんだろうか。 「何ここ?」 「ん?みての通りマンションだが?」 「なんで?」 高速道路から降りて家のある少し田舎の地域からベイエリアに車は進み、高層マンションの前で車は停まった。 政行さんが車から降りていくので、俺はそれに続いて車から降りる。 駐車場に車を停めて高層マンションのひとつに入っていこうとする政行さんに俺は首をひねった。 俺が着いてきていない事に気が付いた政行さんが振り返って手招きをする。 俺は首をひねりながらも小走りで政行さんに近づくと腕を掴まれ手を繋ぐかたちになった。 「お帰りなさいませ」 「今日内見に来たんだけど」 「うかがっております」 エントランスに入るとホテルの様になっていて、受付みたいな所に連れてこられた。 政行さんが名乗ると、受付に居た人がカードを渡している。 政行さん曰く、受付に居た人はコンシェルジュらしかった。 エレベーターで目的の階にあがり、角部屋の前まで来てから政行さんがエントランスで受け取ったカードをドアにかざしている。 「部屋広いし、いっぱいある」 「うーん。高層階ってわけでもないし、エレベーターから遠いのも微妙だな」 「えー?気にならないけどなぁ?というか、ここホテルにしたら何も無いけどなんなの?」 「ん?今日はお前との新居の内見に来たんだけど?」 「は?」 政行さんはお気に召さなかった様だが、ビルの中層階でもそこそこ高い階数なので景色は良かった。 ベイエリアなので海なんかも見える。 政行さんを振り返ると、クローゼットの中を見ていたのでそもそも何でこんな所に来たのかを聞いてみたら思いがけない言葉が返ってきた。 流石に思考が追い付かず政行さんの顔をまじまじと見てしまう。 そんな俺に政行さんはにこりと笑って近付いてきた。 「お前は俺と結婚するんだ。新居は必要だろ」 「けっこんって…で、でも」 「あぁ…お前の母親の事か?言っただろ、向こうが有責で別れる理由は作ってあるんだ。いつでも離婚できるぞ」 耳元で囁かれ、身体がすぐさま熱くなる。 “結婚”の言葉に俺は戸惑いを隠せない。 当然だが政行さんは母さんとまだ婚姻関係があるので、まだ俺の義父なのだ。 戸惑う俺の腰をするりと抱き寄せ首輪を触りながら政行さんは更に笑顔を深くする。 母さんが有責で、昨日の電話もアリバイ作りと言うことから母さんは政行さんの策略にまんまとはまっているのだろう。 「ちがう」 「あぁ。歳か?」 そうなのだ。 俺はまだ結婚できる歳ではないし、そもそも発情期すら来ていない。 ここ数日は政行さんが使った発情期の促進剤などの薬の力で無理矢理擬似的な発情期を引き起こしていただけだ。 そして、先日のバース検査の結果でも俺は政行さんと結婚できないのだ。 俺が落ち込んで俯いてしまったので、政行さんは頭を撫でてくれた。 「歳はまぁ仕方がないが、バース性については心配するな」 「俺がβなのは変わらないだろ?」 「それが、違うんだなぁ」 「は?」 政行さんの言っている事が分からなくて顔をあげると、またもにやりと笑った。 ここで話はなんだからと手を引かれて内見の部屋を後にする。 エレベーターでエントランスに戻りカードキーを返して車に乗り込む。 政行さんが車のエンジンをかけ車が走り出した。 また何も聞かされて居ないので、俺はソワソワと政行さんが話し始めるの待つしかない。 「着いたぞ」 「ここって…俺が通ってた病院?」 「ご名答!」 「何で…」 俺が話すタイミングを探っていたら、あっという間に目的地に到着したらしい。 俯いていたから気が付かなかったが、車は大きな総合病院の前に停まっている。 小学生の時の健康診断で異常が見付かったとかで俺は母さんに連れられてこの大きな総合病院に定期的に通っていた時期があった。 しかし、母さんが再婚する前の話だし症状が安定したからという理由で病院にすら行っていなかったので政行さんが知っている筈がないのだ。 「これは何だと思う?」 「ん?何か見たことある」 「研究所からの書類だな」 政行さんは後部座席から封筒を取り出して俺にぽいっと放り投げた。 封筒には見たことがあるようなロゴが下の方に印刷されている。 どこでこれを見たのだったのかと思っていたら政行さんが答えを言ってくれた。 しかし何の研究所からなんだろうか。 一応渡されたので開けて見ることにしたら書類が入っている。 書類を封筒から抜き出して一番上から読むために目を動かす。 一番上には俺の名前が印字されており、内容的にはなにやらパーセンテージが書かれていた。 「ホルモンの異常により…バース性の算定不可?要再検査?」 「お前の受け取った書類は俺が人を使ってすり替えた」 「何の為に!」 「ん?俺の番にするためだな」 まず、書類の内容が信じられなかった。 俺はそもそもβどころか、バース性が定かではなかったのだ。 ショックと言うより政行さんの目的が分からなかった。 ホルモン異常とは何かも分からないし、そして何で書類をすり替えることが俺と番になるためなのかもわからない。 言われている全てが謎すぎた。 「まず、お前のホルモン異常は投薬治療の賜物だ」 「何が賜物なんだよ!ホルモン異常なんだから良くないことじゃん!」 「落ち着け。まず、ここでしていた治療は俺の指示でお前のバース性が決まる前にホルモンバランスを崩すことでバース性を決められるかっていう治験だ」 「は?」 「そもそもバース性を投薬で操作するなんて倫理的な問題で許可は降りないんだけど、健康診断の結果を操作した」 スケールの大きな話になってきたのでは無いかと頭を抱えるのと同時に、俺の思考が追い付かないので頭痛がしてくる。 俺が学校で習った限り、バース性は遺伝的な要因が大きく影響していて遺伝子情報によりバース性が決まると聞いていたのにホルモンバランスとはどういうことだろう。 頭を抱える俺に政行さんは猫なで声で俺に語りかけてくる。 「最初からお前を手に入れる為にお前の母親に近付いたって言ってただろ?本当はお前の父親が死んだと分かった時点でお前の存在を知ってたんだよ」 「意味が…」 「お前の母親と再婚するだけではあいつそっくりのお前を手に入れる事はできないって思ったんだよ。だから研究職だった俺はお前の検査結果を操作して病院へ来させたんだ」 「そんな事できるの?」 「簡単だったな。子供の検査結果なんて個人情報が間違ってさえいなければ流れ作業で処理して行くから、数値を少し弄っても誰も再チェックしないからな」 「だからって…ホルモンって何?」 「バース性は遺伝子情報によって決まるってのは知ってるか?」 政行さんの問いかけに俺はこくりと頷く。 だってバース性の授業ではそういう風に習ったし、何より初めて政行さんと“した”後だったから尚更真剣に聞いていたのだ。 だから結果を見て落胆したのに、根本的なところから違うと言われたら俺はどうしたらいいのだろうか。 俺は話の続きを聞くために頷いておく。 「遺伝子情報によってバース性が決まるのは研究結果からは確かなんだが、当然突然変異。遺伝子異常も起こる。遺伝子異常は疾患なんかにも顕著にでるが、バース性にも大きく起因しているんだ」 「うん…」 「ははは。難しいか。分かりやすく言うと遺伝子異常がバース性を決めてるんだ。そこでホルモンの話に戻るぞ。疾患によってはホルモンの分泌にも影響を及ぼしている可能性があることがわかったんだよ」 政行さんの話が難しくなってきて俺は話に着いていけていない。 そもそも俺は政行さんが何の仕事をしているのかを知らなかったのだが、こんなに博識だったとは驚きだ。 初めて手を出された時のあの粗野な態度や言葉が嘘の様だし、そもそも旅行に来てから少し優しい気がするのは気のせいではない。 俺は何とか話を理解しようと耳をかたむける。

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