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2一3 まさか自分がイジメの対象になるなんて思いもしなかった。 その内容にショックを受けているのは勿論、そうさせてしまった由宇の何がいけなかったのか、それを考えてしまっている。 小学校、中学校でもイジメにあうような事は一度も無かったし、何なら由宇が率先してイジメっ子に物申していたくらいだ。 嫌な事をされた方は一生覚えてるんだぞ!とどれだけ息巻いてきたか分からない。 由宇はイジメられた経験は無かったが、自然とそんな言葉が出ていた。 自分で言っておきながら「確かに」と思う。 「だってこの事…一生忘れられないよ」 プリントを隠されただけというとても小さな嫌がらせではあるが、普通に生きていたらこんな事はまず経験できない。 これがどんどんエスカレートしていくと、仲間外れや集団無視、そしてばい菌扱いのようにクラスメイトは由宇を避けて、最後には初めから居ない事にされてしまうのだろう。 無視の前に暴行を受ける、というのもあるかもしれない。 由宇の何がいけなかったのか、なぜプリントを隠そう、困らせてやろう、と思われてしまったのか……。 当然、由宇は怜にもこの事は打ち明けなかった。 毎日のように怜とはメッセージのやり取りをしているけれど、今日は一度も返せていない。 宿題をやるので精一杯で、あとはベッドに倒れ込んでひたすらしょんぼりした。 一つ救いがあるとするなら、橘が動いてくれる、と言ってくれた事だろうか。 考え無しにグサグサと人の心にミニナイフをぶっ刺してくる無神経な橘だが、由宇のプリントがくしゃくしゃで発見されてから他の教師にも聞いて回ってくれたと聞けば、嫌いだなどと言っては失礼な気がした。 「……橘先生ってどんな人なんだろー…」 あの高圧的な雰囲気と口調は、何やら過去に理由がありそうだ。 しかも意外な事に正義感もあるようで、橘の台詞には由宇も頷くべき点がいくつもあった。 コロン、とうつ伏せになって枕を握る。 体育祭には出ていないから体はまったく疲れてない。 だが心が壊れそうだった。 橘が発見してくれなかったら、これから先も知らないままでいたかもしれなくて。 最初は、知らない方が幸せだと思っていたけれど、それは確実に根を絶やさなければ広がりを見せていく一方である。 だからこそ橘が動いてやると言ってくれ、由宇は迷わず託した。 自分だけで抱え込むには重過ぎて、立つことが出来ないからだ。 どうして自分が、という思いが強く、調子を狂わせてくれる橘が目の前に居ない今、由宇は一人ぼっちでその形のない不幸に病んだ。 用意された夕飯も食べないまま、由宇は枕をぎゅっと握ったまま眠りに付いた。 それから一週間後の数学の授業中、由宇はいつもと変わらず必死でペンを走らせていた。 また書き終えないうちに消されてはたまらないので、それこそ周りなど見えないほどだった。 最近は何とか書き終える事が出来ている。 余裕を持ってチャイムを聞けて、ふふっと薄っすらノートを見て微笑んでしまっていると。 「白井、職員室来い」 出て行こうとする橘が由宇を名指しした。 由宇は何の事で呼ばれたのかすぐにピンときて、静かにノートを机に置く。 緊張の面持ちで立ち上がると、橘に群がる女子達が一様に唇を尖らせて文句を言い始めて、由宇は回れ右したくなった。 「お前ら今日は付いてくんな。 白井と話あるから」 「えぇ〜? 貴重な橘センセーとの時間なのにぃ」 「私達も行っていいでしょ〜?」 「ダメだ。 進路の話だから」 イジメの件は内密だとあの日言ってくれていたのは本当のようで、それ以上女子達が立ち入らないようにピシャリと拒否してくれた事に、ほんの少しだけ感謝しておく。 あまり他人に知られたくない、と由宇が漏らしたのを覚えていてくれているのかもしれなかった。 「これ置いてくるからここで待ってろ」 職員室まで来ると、橘はそう言って由宇を入り口で待たせ、自分は教科書とチョークをデスクに置き、煙草を持って戻ってきた。 生徒の前でもお構いなしに、ついでに一服するつもりらしい。 「付いてこい」 「………はい」 (変な人な上にワンマンだなーこの人) スタスタと由宇の前を歩く橘は、行き交う女子生徒達から学年問わず話し掛けられていて、面倒くさそうにそれらを交わしている。 無視はしないが、だからといって慕われるような対応もしていないのにやたらとせっつかれているのは、すべては橘の見てくれありきであろう。

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