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2一6 分かった。 由宇をイライラさせる数々の橘の言動は、まったく意識せずの、彼にとっては至ってナチュラルに出てくる言葉なのだ。 深く考えず、短絡的に思った事を口走るから、それが良くも悪くも相手に橘を強く印象付ける。 まだ橘の太腿に座っている由宇は、広い胸を借りて脱力した。 「…………橘先生…。 俺、先生の事あんま好きじゃないです」 「分かってんよ、んな事は」 「でも先生と話してたら色んな事どうでもよくなるね。 それはすごく助かった」 「あっそ。 そりゃ何より」 家も学校も全部やめてしまいたいとたった数分前までシクシク泣いていたのに、今やもう考える事もやめてしまっている。 悩み悲しんで涙を流すよりも、目の前の橘との会話の方が疲れた。 一応感謝を伝えているというのに、橘からは適当な返事しか返ってこないけれど、もう彼はそういう人なんだと分かってしまえば以前ほど怒りは湧かない。 「イジメってさ、やられる側にも原因があるって言う奴いるじゃん」 由宇を足に乗せたまま、両手を床について寛ぎ始めた橘が唐突に語り始めた。 まだその怖い顔は見慣れないが、由宇はその瞳をこっそり見詰める。 「完全にこれは俺の意見だけど、それは間違ってると思うんだよ。 イジメっつーのは、強い奴が弱い奴を痛め付けてるだけ。 ただの弱い者いじめ。 集団でしか攻撃できねー奴が、ターゲット見付けて自分だけじゃなく周り巻き込んでやんだろ。 たとえ理由があったにせよ、タイマンじゃなきゃな」 「……………先生、いつの間にか喧嘩の話に」 「いやイジメの話。 喧嘩すりゃ話早えけど、それが出来ねー弱ぇ奴がイジメっつー卑怯な事を思い付くんだよ」 何故そんな話を急に始めたんだろう、由宇は不思議だったが、はたと気付く。 「もしかして慰めてくれてる?」 「そーなんの? 慰めんのはさっきしたじゃん」 「あはは…! 橘先生、変な人だな、マジで」 いつも怖い顔をして、何を考えてるのか分からない橘の事は相変わらず苦手だけれど、本当に悪い人ではなさそうだ。 第一印象が怖すぎたせいで未だその苦手意識は拭いきれない。 だが、笑う由宇を目の前でジーッと穴が開くほど見詰めてくる瞳に嘘はない。 入学早々、ささやかだがイジメを受けた由宇に語ってくれた橘の言葉が、いくらか心を落ち着かせてくれた事も同様だった。 「今から教室行って怒られんのと、授業終わるまでここに居て俺がうまいこと言ってやんの、どっちがいい?」 真顔でその二択を告げてくる橘は真剣そのもので、分かってんだろ、と由宇はまた笑ってしまう。 「そんなの、聞かなくても分かるだろ」 「そんじゃ怒られてくれば」 「なんでそっちなんだよ! 先生うまいこと言っといてよ!」 わざわざその二択を告げてくるくらいだから、いつもの意地悪かと思ったが橘は本気だったらしい。 悪魔の微笑を封印したままガムを噛む姿は、とても教師には見えなかった。 「めんどくせー」 「じゃあ最初から言うなよっ」 掴み所のない橘に慣れてきたと思ったが、そんな事はなかった。 このマイペースな教師は、由宇のネクタイを結び直してくれながら唇の端を上げた。 (あ……これは多分、機嫌がいい時の笑顔だ) 本人はきっとニッコリと笑顔を作っているつもりなのだろう。 「元気だなぁ、お前。 ……っつーかマジで犯人知らなくていーの?」

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