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2一7

2一7 橘の足の間に落ちた粒ガムをゴソゴソと探していると、また顎を取られて瞳を覗かれた。 「…………名前聞いても多分…分かんないし」 「市川瑠依子」 「え…?」 「聞き覚え、あんじゃないの?」 市川、瑠依子………。 それは数少ない、由宇と同じ中学から入学してきた女子の名前であった。 聞き覚えならある。 あるけれど、中学でも同じクラスになった事がないので話した事は無かった。 橘が彼女の名前を出したという事は、由宇のプリントをどうにかした犯人、という意味なのだろう。 「俺の舎弟…あ、仲間達が探り入れたら、どうもお前個人への恨みってわけじゃなさそうなんだよな」 「また舎弟って……。 てか俺個人への恨みじゃない? それはどういう…」 「お前の親父ってどっかの医者なんだろ? 市川の親もそうらしいんだけど、お前の親父にポスト奪われたとか何とか言ってたぜ」 「えぇ…! そ、そうなんだ……」 (その恨みを俺にぶつけられても…!) 我が父親と市川家の事情など、由宇にとっては正直まったく関係ない。 ほとんど会話もしない父親が病院でどんな立場にいるのか、どういう仕事をしているのか、そんなもの聞いたこともなければ興味もないのだ。 「……聞きたくなかったな…」 「知っといた方がいいと思う。 お前親とうまくいってねー感じだし? っつーかガムどこいった? ほら、新しいのやるよ」 「…うむっ。 んっ…むぅっ……ちょっ。 あ、…ありがと」 橘は指先を口腔内に突っ込んできて、何かを確認するようにぐるぐると動かして唾液を絡め取ったあとにガムを舌の上に乗せる。 二、三回咀嚼してから、ハンカチで指の唾液を拭っている橘の謎の行動に由宇は激しく困惑した。 「今の何!? おえってなりそうだったんだけど!」 「いや、口の大きさ確認しただけ」 「はぁ???」 「気にすんな。 まぁその市川の件は解決したからとりあえず安心しとけ。 一服してぇから俺もう行くわ」 いつまでも由宇を腿の上に乗せていた橘が、ふいに立ち上がろうとしたので慌てて退いた。 早くも煙草を一本咥えて歩き出した橘を、由宇はパウチした花びらを握って振り返る。 「あ、先生…!」 「分ーってる。 今お前んとこ英語だろ? うまいこと言っといてやるから。 次はサボんなよー」 去って行く橘は由宇を振り返りもせずに、そのまま旧校舎の方へと歩いて行った。 花びらとその背中を交互に見やりながら、由宇はミント味のガムを一度咀嚼し呟く。 「………ありがと、って言おうとしたのに…」 サボった事はもう本当にどうでも良かった。 後からどれだけ怒られようと、知った事ではない。 それよりも、橘が少しの間でも一緒に居てくれた、彼なりに慰めようとしてくれた、その気持ちが嬉しくて、由宇はその場にまたしゃがみ込んだ。 相変わらずずっと怖い顔をしていたし、態度も口調も横着だけど、何故か…もう少し一緒に居てくれないかと言ってしまいそうになった。 マイペースで俺様なのに、どことなく正義感のある優しさを垣間見てしまうと、頼りたい気持ちが芽生えてくるのも当然に思えた。 (でも先生、かっこいいんだからもうちょっと表情何とかした方がいいよ…) せっかくの内面が台無しになるほどの悪魔顔とあの意地悪な笑顔は、橘にとって損にしかならない気がした。

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