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3一1
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また両親の喧嘩が始まった。
二階の自室に居る由宇のところにさえ、階下の二人の怒鳴り声は届いてくる。
もうすぐ期末だというのに勉強どころではなくて、由宇は怜にヘルプのメッセージを打った。
『お願い、今日泊めて』
すると一分も経たないうちに『いいよ』と返事がきた。
明日は日曜日なので簡単なお泊りセットだけ持つと、由宇は両親には何も告げないまま家を飛び出した。
もうこんな事は三度目だが、両親は由宇が居なくなった事には気が付いていないらしく、毎回何も連絡はこない。
寂しいなと思ったのは最初の一回だけで、きっと自分達の事で精一杯な両親は今、息子に構っている余裕などないのだ。
由宇がプリントの件で悩んでいた時に怜に言えなかったように、人間は誰でも自分の事でいっぱいいっぱいになると他は見えなくなる。
それと同じだ、と無理やり自分を納得させればいくらか心が軽くなるので、由宇はポジティブに受け止めるようにした。
何と言っても、由宇より怜の方が悩みは深いからだ。
学校の最寄り駅に着くと、今日も優しいオーラを纏った怜が周囲から注目を集めている。
「迎えに来なくていいって言ってんのに」
俺のこと何歳だと思ってんの、と由宇は照れ隠しに怜の脇を小突いた。
本当は嬉しかったのに、素直になるのは難しい。
「この時間だし補導されたら可哀想じゃん?」
「……いくら怜でも、怒るよ」
「え、補導って禁句だった?」
「小学生に見えるって言いたいんだろ!」
「そんな事一言も言ってないじゃん! 被害妄想はダメだよ、由宇」
ケラケラ笑う怜に、由宇はムッとした顔を隠さず先に歩いてしまう。
確かに怜は由宇が怒るような事は言わなかったが、明らかに顔付きは由宇をからかっていた。
そんな風に笑顔を見せてくれるなら来た甲斐があったというものだけれど、からかわれるのは好きじゃない。
「あ、さっき父親が帰って来たんだ」
歩き出した由宇に数歩で追い付いた怜が、普段通りにそう言った。
「えっ!? じゃあ俺行かない方が…!」
「服取り替えに、ね。 だからもう居ない」
「そう…………」
怜は父親を憎んではいない。
ただ父親を狂わせた相手の女性にひどく腹が立っていて、それを黙認しているらしい橘への怒りも凄まじい。
由宇は怜から話を聞いた日から、なんとなく授業中の橘を直視出来ないでいた。
大切な友達である怜の家族をメチャクチャにした婚約者を野放しにしたまま、何事もないような顔で毎日過ごしているなんて信じられない。
一つの家庭を壊し、その一人一人を傷付けている罪深さをもっと重く受け止めるべきだ。
「由宇、お腹空いてない?」
「そっか、そんな時間だっけ…」
喧嘩する声が聞こえて始めてから、耳栓をして時計も見ないで勉強に集中していた由宇は、怜に言われてスマホを見た。
怜が言うように、補導されてもおかしくない時間だった。
「俺メシ作ったから一緒に………」
「怜? どうした……あ…」
立ち止まった怜の視線の先に橘を見付けて、由宇も一緒に動きを止めた。
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