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3一10
3一10
由宇はシクシク泣きながら橘の車を降りた。
先程のコンビニで仲間四名と合流した橘に恐縮してそこで降りようとしたのだが、怜の自宅前まで送ると言われて甘えた。
「またひょろ長に嘘吐かなきゃなんねーけど、頑張れよ。 さっきの話は絶対にバレちゃなんねーから頼むぞ」
「……分かってるよっ。 とてもじゃないけど…言えないよ……」
「ならいい。 じゃあな」
橘はそう言うとまた低いマフラー音を立てながら去って行き、それを追うように黒のワンボックスカーが続いた。
それを見送った由宇は、ゴシゴシと目元を拭って三つ深呼吸をした。
(俺……怜の力になりたいな…)
どうしたらいいかなど分からない。
けれど橘と一緒に怜の家族の修復を試みたいと強く思った。
どんな状況でも、息子を心配しない母親は居ないと信じているし、状況が把握出来れば父親も婚約者もきっと分かってくれるはず。
浅はかながらも、由宇はそう願った。
「由宇、遅かった……って、どうしたんだよ!? 泣いたの!?」
怜の自宅のインターホンを押すと、待ち構えていたかのように素早く鍵を開けてくれた怜は、由宇の顔を見るなりギョッとした。
「えっ、え? いや、泣いてないよ!」
「嘘! 完全に泣いた後だろ! 目腫れてる!」
「あ、あ、あの、親がまた、喧嘩してて……」
怜の事で泣いたのだとバレないように、咄嗟に自分に置き換えての嘘を吐いて俯く。
うっかりしていた。
あれだけワンワン泣いた後だと、バレてしまうのも当たり前であった。
あまりマジマジと見られたら嘘をつき通す自信が無くて俯いたのだが、それがどうやら信憑性を持たせてくれたらしい。
「そうなんだ………おいで、ご飯食べよ?」
泣き顔で俯く由宇の嘘は、信憑性どころか真実でもあるので、怜は疑う事なく優しく招き入れてくれた。
(ごめんね、怜……。 今日は二つも嘘吐いちゃった…)
嘘は嘘でも、吐いてもいい嘘もあるのだと由宇はこの日初めて知った。
秘密裏に動く橘とその仲間達の努力を水の泡にしないために、何とかこの優しい嘘を吐き続けなければならない。
きっとまた、怜と怜の家族が一つになって、時間は掛かるかもしれないけれど、あわよくば橘と婚約者が愛し合って結婚、という形になるのが最高の結末だ。
みんなが幸せになるのは難しい。
橘はそう言っていたけれど、そんな事はないと信じたい。
橘に、由宇も手伝いたいなどと言っても「邪魔」としか言われない気がするので、由宇は由宇なりに協力してみようかなと思っている。
由宇のためにせっせと夕飯の支度をテキパキこなす怜が、両親と笑い合える日がいつか必ず戻ってくると信じて。
疑う事を知らない由宇は、どこまでも平和主義者だった。
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