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5一7
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橘が躍起になる理由も、やり過ぎではないかと案じた病院への同行の意味も分かった。
怜の母親は高校教師だった。
そして、決して「少しだけ」じゃなかったはずのヤンチャだった橘を支え、無事に卒業へと導いてくれた恩師だったのだ。
そんな恩師が我が婚約者によって精神を病んだともなれば、こうして橘が動かずにはいられなかったのだろう。
復縁を望む母親の意向に添い、橘は現に婚約者である歌音を自宅へと強制的に連れ帰らせたが、この後は一体どうするのか。
虚言癖のあるらしい歌音が家で暴れたところで事態は何も変わらない。
「ふーすけ先生、怜のお父さんが諦めないって言ったら、どうにかして歌音さんとまた逃避行しちゃうんじゃないの?」
「だろうな。 …園田さんのアシストしてやりてーけど、復縁は絶望的だ。 あの二人の目見りゃ分かる」
「じゃあ何で無理矢理引き裂いたの? 無駄だっていうなら他の道探すしかなくない?」
「考え方が柔軟になったのは結構だけど、これだからガキは」
「ガキって言うな! ガキだけど!」
「あのな、園田さんにも女の意地っつーもんがあるわけよ。 二ヶ月以内に形だけでも園田家を元通りにする。 そっからは園田さんの頑張り次第だ。 あのエロ親父の目を覚まさせるのは、園田さんとひょろ長しかいねーからな」
復縁は絶望的だと言いながら、形だけでも元通りにして園田さんにそれ以降を託すだなんて無茶だと思う。
今のあの母親の状態では、頑張る事は不可能のように感じた。
だが橘は怜の母親の人となりをよく知っているから、そういう風なシナリオを作ったのかもしれない。
女の意地があるならば、他所に向かった亭主の気持ちを再び振り向かせる努力をするはずだ、と。
「そうなんだ……。 てか怜のお父さんをエロ親父って……」
「現にそうだろーが。 家庭持ちのくせに二十以上も離れた女にうつつ抜かしやがって。 お前は二回くらい死んで詫びろって言いたかった」
「そ、それ実際に言ってないよな!?」
「言ってねーよ。 多分な。 ペンションで暴れた時キレてたからあんまよく覚えてねー」
(あの時やっぱキレてたんだ……怖っ)
ヘッドホン越しにも橘の大暴れが聞こえてきていたので、由宇は無意識に隣の橘から少し距離を取った。
「怜のお母さん……二ヶ月で退院できるようになる?」
怜の話では、退院は年末…もっと容態が深刻であればそれ以上かかるかもしれないと言っていた。
そして橘も以前、母親がすべての事実を知った時もしかしたら命を絶つ恐れがあると言っていたので、形だけでも元通りに…というのは到底無理な気がした。
「………俺のアシストだけじゃ無理だ。 けどお節介な野良猫が協力してくれそーだから、何とかなる」
「それ…俺の事?」
言い方は非常に気に入らないが、その野良猫は由宇意外に居ない。
由宇自身、落ち込んだ怜を励ますくらいしか役に立てない、そう思っていたが、もっと深いところで協力できるのなら喜んでする。
橘は瞳を細めて由宇を見ると、距離を取った分足を開いて両膝に両腕を起き、ニヤッと悪魔顔を浮かべてきた。
「ひょろ長を説得して園田さんの見舞いに行かせろ。 毎日だ」
「毎日…っ? 怜はたぶん行かないよ…。 お母さんの変わった姿見たくないって言ってたし、その姿を見ると怜も壊れてしまうかもしんない…」
「それを説得すんのがお前だろ。 ひょろ長が毎日見舞いに行って何気ない会話してくれりゃ、園田さんは二ヶ月で完全復活する。 俺の予想は外れた事ない」
「そ、そんな……」
「ひょろ長を説得出来るのはお前しか居ない。 イライラすっけど、それは許してやる。 だから何が何でも見舞いに行かせろ。 説得の期限は一週間な」
「一週間!?」
「モタモタしてっと、エロ親父と歌音がまた逃避行だ。 いいのか、堂々巡りになっても」
「ダメ、ダメだけど…!! 俺、説得なんて…」
「由宇、やれ」
(ゆ、由宇って言った!? この人!)
瞳をジッと見詰められて、もう一度「由宇」と強い口調で名前を呼ばれてしまった。
動揺を隠せず瞬きも忘れて橘の三白眼を見詰め返すも、そんな無理難題な協力を仰がれては途方に暮れてしまう。
出来る事なら二つ返事で「まかせとけ!」と言いたいところだが、怜の様子を誰よりも知る由宇には難易度が高過ぎだった。
もちろん由宇は何度も言った事はあったのだ。
『怜。 お母さんのお見舞い行ってあげたら?』
『嫌だ。 おかしくなった母さん見てたら俺までおかしくなる。 もうその話はしないで』
そう予防線を張られてしまってからは、怜が嫌がるからとこの話はしないでここまできた。
それを蒸し返すとなると、怜の反応が怖い。
「拓也達が父親と歌音を見張れる限界が一ヶ月。 そっから父親は自宅に戻らせる。 ひょろ長が母親と接触し続ければ必ず事態は好転する。 お前の言う、みんなが幸せになる方法を俺なりに模索した結果だ。 んなもんねーよって俺は今でも思ってっけどな。 違う道もあるってお前が言ったんだから責任持て」
「…………………………」
まさか自分が言った言葉が元で、橘のシナリオを書き換えさせたのか。
由宇が涙ながらに「みんなが不幸だ」と泣いたあの車中での会話が、そんな風に橘の気持ちをも動かしていたとは知らなかった。
両親のいざこざによって気持ちに変化のあった由宇ならば、怜を説得出来るかもしれない。
橘の言う責任は取りたくなどないが、もし自分が強く心を保つ事で怜を説得出来るのなら、やるしかないではないか。
「………………分かった、やってみる。 でも俺一人じゃ無理だよ、ふーすけ先生も一緒に協力して。 俺はまだガキだし、怜の気持ちを踏みにじってしまう言葉は掛けたくないから、俺にもアシストしてほしい」
「……月曜から一週間、放課後は生徒指導室に来い」
「うん、分かった。 …やるよ、俺。 がんばる」
怜の家族のため、入学当初の由宇の不安を無くしてくれたいつでも穏やかな怜のため、やれる事は全力でやりたい。
橘のフッと笑う声を聞きながら、由宇はソッと美しい庭園を見やった。
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