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5一8
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話が一段落し、由宇はお腹が空いてきた。
泊まらせてもらった立場で言い出しにくくて、お茶を一気飲みして気を紛らわせておく。
すると橘がバスルームへ向かいながらどこかへ電話を掛け、ものの十分ほどで朝食が運ばれてきた。
玄関口でそれを受け取った橘が、同時に由宇の着替えを寄越してくる。
「ほら、着替え。 あとこれ食え」
「え、あ……ありがと」
橘には何も言っていないのに気を利かせてくれたようで、トレイと着替えを受け取った。
真っ白なトレイに乗っていたのは、ザ・和食な朝ごはんだった。
だが一人分しかない。
受け取ったトレイをダイニングに置いた由宇は、玄関先を見ながら橘の分を探した。
「ふーすけ先生のは?」
「俺朝食わねーからいらね。 気持ち悪くなんだよ」
「それ食べないから余計になんじゃないの? 俺も苦手だけど先生の方が朝は苦手だねー」
「うるせー」
(また俺の勝ちっ。 二勝目!)
橘が「うるせー」と返してくるのが心地良くなってきた。
クスクス笑いながら、由宇は着替えをしようとバスルームに引っ込んだ。
脱いだバスローブはまた綺麗に畳んで、誰が洗ってくれたのか謎な昨日の服に袖を通す。
パンツを履くとようやく体が安定した気がして、やはり一晩ではノーパン生活に慣れる事は出来なかったようだ。
由宇が着替えを終えて戻ると、橘はキッチンで湯を沸かしていた。
側には急須があるので、お茶を淹れる気らしい。
「食べないの体によくないから、一緒に食べようよ。 俺一人で食べるの嫌なんだってば」
朝食を前にお腹がグーッと鳴ったが、朝から食べるには量も多く、人の気配がするのに一人寂しく食べるのはどうしても嫌だった。
「……味噌汁だけなら飲んでやる」
あとは無理、と苦笑されたものの、食卓には付いてくれそうなのでホッとした。
急須と湯呑みを二つ持って腰掛けた橘は、彼には不似合いな姿で熱いお茶を由宇にも淹れてくれた。
パシリに使ったり雑に笑われたり魔王な部分は多いが、優しいところはちゃんと優しい。
「いただきます」
(……って、誰が作ってくれたのか知らないけど)
外でやり取りしていたので、どんな人がこれを運んできたのかさえ知らなくて、なぜあの大きな家ではなく敷地内にこの家が建っているのか未だ疑問は残る。
鯖の塩焼きを口にしながら、お茶を飲む橘の横顔を盗み見た。
(家の事は話してくれなさそうだよなぁ……)
怜に関する事は由宇の協力も仰がなければならなかったので話したようだが、さすがにプライベートな事までは話してくれないだろう。
咀嚼していると、盗み見していた事が橘にバレた。
「何だよ、俺がイケてるからってそんな見詰めんな」
「うわ、自分で言ってる! ふーすけ先生ナルシストだ!」
「あぁ!? お前のパンツ奪ってまたノーパン生活させたろーか!」
「嫌だってば! 先生がナルシスト発言するからいけないんだろ!」
「俺がイケてんのは事実」
「……そうですね、そういう事にしときましょうね」
「…なんかムカつく」
ぼやいた橘は、味噌汁をちびちびと飲み始めた。
今は目的を果たすための同士のような気分なので、橘とのこんな言い合いすら楽しく思えてきた。
朝の不機嫌な様子が無くなってきた事も大きく、少しだけならいいかな?と、由宇は箸を置いて口を開いた。
「さっきの樹さんって、ふーすけ先生の先輩…とか?」
「そ。 俺が副総長してた頃の総長」
「はっっ!?!」
「ご飯飛ばすなよ、汚ねーな」
驚いて口からこぼれたご飯粒を橘がティッシュで拭ってくれたが、思わぬ発言にそれどころではない。
「そそそそ総長っ!? で、先生が副総長ッッ!?!」
「昔な」
「昔って……そんな昔じゃないでしょっ!? ふーすけ先生今何歳なんだよっ」
「26」
「えぇぇぇ!!?!」
「うるせーな……お前どっからそんな声出んの?」
(こ、これは軽はずみなノリで聞いちゃいけない事な気がする!!!)
ご飯どころではなくなり、座っている椅子ごと橘からサッと距離を取るが、すぐさま椅子を引かれて元の位置に戻される。
なんてことだ。
橘はヤンチャだったろう事は分かっていたはずなのに、総長や副総長という単語が出てくるという事は……。
「そ、それって暴走族……って事……?」
「そーだけど」
「…………怖いんですけど」
「何で怖いんだよ。 俺が居た族はよくテレビでやってるようなのとはちょっと違うぜ?」
「いや一緒でしょ…。 すごい方向転換だな…暴走族の副総長から高校の先生って…」
「全うに生きろって言ってくれてたのが園田さんだったからな。 樹さんも同じ時期に親父さんから相当うるさく言われてたんで、大学入学は同じタイミングなんだよ。 同時期に族も解散」
橘自らが説明をしてくれているのはありがたいが、まず驚きの過去を聞いた直後なので数分でいいから時間が欲しい。
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