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5一9
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味噌汁を残さず食べきった橘は、少し濃い目の緑茶を飲んでひと息ついている。
その横顔をまたも盗み見していた由宇は、すっかり食欲が失せていた。
橘の過去を知ると、途端に恐ろしくなってきてしまったのだ。
「食わねーの? マズイ?」
「い、いや、美味しいですよ! けどもうお腹いっぱいで……」
「あ、そ。 朝からこんな食えねーよな」
確かに量は多めだが、あんな衝撃的な事を聞かなければいつもの由宇だったらペロリだ。
朝一人の食卓でパンをモソモソと食べるのとは違い、こうして隣に橘が居てくれるのであれば余計に。
ただその橘が実は相当におっかない人物だと判明し、それを忘れてヘラヘラ出来るほど由宇は肝が座っていない。
「あ、忘れてたな。 拓也に連絡取らねーと」
ガタン、と椅子から立ち上がるその動作と物音にさえビクッと怯えてしまい、その様子を橘にもバッチリ見られてしまった。
さっきまでの勢いは皆無で、突然大人しくなった由宇を見た橘はこれみよがしな苦笑を向けてくる。
「おい、もしかしてビビってんの?」
「…いいえ?」
「マジかよ。 ………あのさ、俺普段から隠してねーから薄々は分かってた事だろ? そんなビクビクされっとイジメたくなるからやめとけ」
「イジメないで、…ください」
「なんのつもりだよ、急にしおらしくなりやがって。 ……まーいいけど。 ちょっと電話してくっから、お茶もう一杯よろしく」
そう言って橘はベッドルームへと消えた。
半分は残してしまった朝食を見詰めて、一つ大きく深呼吸をするとゆっくり立ち上がってキッチンへと向かう。
お茶を淹れるためにヤカンに火をかけ、その火をボーッと眺めていると何だか少しだけ落ち着いてきた。
「…………先生の機嫌損ねたらほんとに回し蹴りが飛んでくるかも…」
得意だと言っていた回し蹴りを炸裂させないように気を付けないといけない。
何も知らなければタメ口で気安く話も出来たのに、とんでもない事実を知った由宇はあの三白眼を思い出すだけでも背筋が凍る。
家庭環境は最悪だが平々凡々と生きてきたこれまでで、テレビの警察24時などでしか見た事が無かった「暴走族」というものが急に身近に感じてビビらないはずが無かった。
「だってあの人達、騒音撒き散らして警察に追い回されてたよな…?」
お茶っ葉を替えて沸騰したお湯を急須へと注ぎながら、橘が居ないのをいい事に独り言が止まらない。
「すっごい悪態吐いたり、ぼ、暴力とかも……」
「でっけぇ独り言」
「……ヒィッ」
お茶を淹れ終えてダイニングに運ぼうとしていたところに、ベッドルームから橘が出て来て思わず喉が鳴った。
キッチンから動けない由宇の元へ、だらしなくバスローブを羽織った魔王がゆっくり歩んでくる。
つい何分か前までは、態度と口の悪いヤンキー先生くらいにしか思っていなかったのに、過去を知るだけで凄みが増してしょうがない。
ビクビクしていると、橘が傍まで寄ってきて肩を組まれた。
「んな怯えんなよ。 イジメたくなるっつったじゃん」
「や、やめてくださいよ、冗談は…」
おまけに耳元で脅しをかけるように囁くので、つい逃げ腰になってしまう。
橘の言うイジメは学校内で巻き起こるような陰湿なものではなく、手と足をフルに使ってボコボコにされそうだ。
「その敬語、似合わねーからやめたら?」
「タメ口きいたら回し蹴り飛んでくるかもしれない……ですから」
「やるならとっくにやってる。 お前いつから俺にタメ口きいてると思ってんの? ちゃんと敬語使ってたのかなり前じゃん」
「そ、そうでしたっけ…? ハハ…覚えてないなぁ…」
どうぞ、と湯呑みを渡そうとすると、思いのほか橘の顔が間近に迫っていてヒヤッとした。
気に食わないが、自分で「イケてる」と自慢してくるのも頷けるほど橘はカッコイイ。
よく見ると綺麗な二重だし、昔の名残りなのか若干眉は細めだが綺麗に整えられていて、鼻筋の通った高い鼻梁はハーフのようだ。
引き締まった薄い唇は程よく色味があって、顎もすっきりシャープ。
これで髪型もちゃんとすればいいのに、橘はいつ切ったのかと女子達から聞かれるほど中分けの前髪が伸びている。
後ろ髪も無造作だし、一見だらしないように見えなくもないのだが、どうも顔の造作が整っていると髪型など関係ないらしい。
手足が長くて長身で男前で、となれば、女性がほうっておかないのも分かる気がする。
ーーーイケてる。
それは認めるけれど、常に表情がまったく無いので、そのせいで由宇は悪魔や魔王などと橘が聞いたら苦笑しそうなあだ名を付けてしまうのだ。
「また見惚れてんの? 俺様の顔に」
「見惚れてないって! このナルシスト!」
ニヤッといつもの意地悪そうな笑みを向けられて、回し蹴りの恐怖よりもイライラの方が勝った。
言った後でハッとしたものの、ニヤけた悪魔は調子に乗らせたくないと由宇も精一杯の怖い顔で睨み返す。
橘からするとそれは、チワワかポメラニアンが「ウゥゥ〜」と可愛く威嚇しているようにしか見えず、ただ撫で回したくなる衝動に駆られただけだ。
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