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5一10

5一10 勢い余ってすぐにタメ口を解禁してしまったが、由宇の必死の睨みでイライラは伝わったはずだ。 と、思いきや橘は、由宇の元気な様子にほんの少しだけ目尻が下がったように見えた。 「お、調子戻ってきたじゃん。 お前はそれでいいよ。 俺がお前を傷付ける事はないから安心しろ。 もちろん回し蹴りもしねー」 「当たり前だろ! 回し蹴りなんかされたら警察駆け込むからな!」 「どーぞどーぞ。 ヒネにはコネあっからすぐ出てきてやる」 「うわぁっ、嫌な大人! ん? ………ヒネ?」 ナルシスト発言と俺様発言にイラついた怒りのおかげで、ビクついていたのが嘘のように橘の三白眼を見る事が出来ている。 聞き慣れない言葉に首を傾げながら橘を見ると、ふと視線を外して由宇が淹れたお茶を飲んだ。 「警察の事」 「そうなんだ、そんな暴走族用語が……」 「何用語って? 普通にみんな使うだろ。 ってかお茶熱過ぎ」 「じゃあ自分で淹れろよ!!」 「はいはい、分かったから喚くな。 これでいい」 フッと笑いながら、由宇が淹れた熱々のお茶を持ってソファに腰掛け、電子タバコを吸い始めた。 橘がいくら副総長だったとしても、きっと以前からこの調子なのだろうから今さらビクビクしなくてもいいのかもしれない。 ヤンキーみたいな先生だな、と思っていたところにほんのちょっとビックリ要素が加わっただけ。 (……先生の暴れてたとこ、ヘッドホン越しに聞いてたしな) 橘らしき男の怒鳴り声と、物が壊れたり倒れたりそれはもう激しい物音だった。 恐ろしい、と思ったのは間違いではなかったらしいから、腑に落ちたって事で納得しておこう。 「……………先生、今日…」 「ふーすけ先生」 「……ッッふーすけ先生! 今日は何時に出るの? まだ出ないんなら俺自分で帰ろっか?」 「もう出る」 そんな、今すぐ二度寝出来そうな姿で「もう出る」はないだろう。 チラと視線を送ってきた橘の元へツッコミを入れるべく歩もうとした由宇は、せっかく出してくれた朝食を残すのはどうかと思い直してダイニングの方に着席した。 「………すぐ出れるの?」 甘いたまご焼きを食べ上げ、冷めてしまったご飯を咀嚼する。 「一時間あれば。 てかまた食ってんの? 冷めてんだろ」 「一時間はすぐとは言わない!」 「無理して食わなくていーって」 「ふーすけ先生の支度は五分あれば終わるだろ!」 「冷めてんの食うやつがあるか」 二人の会話は一切噛み合っていなかった。 だがお互いの言いたい事は一通り言ったので、それに満足して残った朝食を平らげた。 由宇はお腹がパンパンになり、一度お腹を擦ったあと手を合わせてお茶を飲む。 淹れてから数分経っているというのに、これは確かに唇と舌が火傷しそうなほど熱い。 湯呑みまで熱くなっていたので、「アチチ…」と呟きながらテーブルへ置いて、冷めるのを待つ事にした。 「……元気でうるさいのに遠慮しぃっつーか殊勝っつーか、いい子だなお前。 …親揉めてんの? 助けていい?」 タバコを灰皿に捨てて立ち上がった橘が、由宇の隣に腰掛けて足を組みジッと見てくる。 「え…?」 (揉めてる…、揉めてるけど、もう離婚っていう結論が出てるんだけどな…) まさか橘から「助けていい?」という台詞がくるとは思わず、しばし魔王の顔を凝視した。 これは果たして本気で言っているのだろうか。 橘は真顔でなんの強弱も付けず「うそぴょーん」と言いそうな顔面なので、由宇はすぐにはピンとこなかった。 たとえそれが本気であっても、両親はすでに由宇の知らないところで結果を導き出してしまっている。 今さらどうこうなるものではないだろうし、由宇自身もこれ以上巻き込まれたくなかったので、両親の結論は遅過ぎだとすら思っていた。 「あの…揉めてるのは揉めてるけど、もう離婚決定っぽい」 「あー? マジで? お前どっちに付くんだよ」 「父さん…かな。 母さんは今のとこから出て、俺と父さんが家に残るって言い方してた」 「ふーん。 …お前はそれでおっけーなんか?」 「うん。 毎日喧嘩する声聞くよりマシ。 だから怜のとこに泊まらせてもらってたんだよ。 ……怒鳴り声って聞いてて心地良いもんじゃないから」 話しながらも蘇ってくる、耳にこびりついた両親の言い争うひたすらに嫌な声。 思い出すとつい耳栓したくなるけれど、それを装着したところで脳裏に焼き付いているせいで何も効果は無く、その後寝付くと最悪な悪夢を見る。 目覚めた時覚えていないのでどんな夢だったかは分からないが、たまに涙を流しているし、汗びっしょりな時はひどく疲れていてすごく不快だ。 嫌そうに顔を顰めた由宇を見た橘は静かに立ち上がって、リビングの方のテーブルに置いていたお茶を取りに行き、戻ってくる。 「だろーな。 俺が手出すまでもねーって感じだけど、お前が悩んでるんならすぐ言ってこい。 助けてやるから」 「えーいいよ、気にしなくて。 俺の親の事は、怜の家族の件より単純な話だもん。 ほんと、よくある話って感じ。 俺なら大丈夫」 「強がりー。 泣き虫のくせに強がりー」 「うるさいな! 泣き虫じゃない!」 ぷふっと表情を変えないまま右手を口元にやって、似合わない笑うフリをする橘にイラッとした。 すぐこうして軽口を叩いてくるから、陰気になりようがない。 「俺お前に会う度に泣き顔見てる気すんだけど? 気のせい?」 「そう! 気のせい! めちゃくちゃ気のせい!」 「出た、強がりー」 「っっキィィッ……!!」 「ふっ。 また鳴いてる」 口では敵わない、それなのに言い返して反撃を食らい、奥歯を嚙んでいつものやつを繰り出す。 怒りに任せてお茶を飲むと、冷まそうと置いていた事をすっかり忘れていて見事に舌を火傷した。 ……………橘のせいだ。

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