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6一1

6一1 今日から金曜日までに、怜を母親の見舞いに行くように説得しなければならない。 散々その話題は出尽くし、「もうその話は…」と言われてしまっている手前、どうやって切り出したらいいかも分からず生徒指導室の前でソッとお腹を擦る。 大きな不安やストレスを感じると、途端に胃腸にくるらしい事は入学初日から分かっていた事だ。 怜が笑顔になれるように協力したい、それは紛れもなく由宇の本心なはずなのになぜこうも腹が痛いのか。 (ふーすけ先生が、一週間で、なんて期限決めるから…!!) 橘のシナリオが短期決戦なのは百も承知だが、我が母親がおかしくなったところを見たくないと頑なにその話もしたがらない怜の意思を変えさせるなんて、不可能に近い。 しかもそれを一週間でなど到底無理だ。 怜の家族を元に戻す協力としてやらなければならないのは分かっている。 由宇も大手を振って「やってやるぜ!」と言いたい気持ちは山々なのだ。 しかし何分、知恵がない。 悪魔顔の先生にニヤッとされながらでも、その知恵を貰いに行かなければいけない足取りが重くなっていたのは仕方がなかった。 (ふーすけ先生ってもう呼び慣れちゃったな) 昨日の橘はとことん「ふーすけ先生」にこだわり、一時間で出ると言っていたはずが昼近くまで結局動く事は無かった。 帰ると言っても「ノーパンになりたいわけ?」と謎の脅しをかけられて帰らせてもらえず、タバコを吸う横で暇な由宇はスマホ片手に時間を持て余した。 あの時間で今日の作戦を聞いておけば良かったと後から後悔しても遅い。 突っ立ったままお腹を擦っていても時間ばかりが経過してしまうので、由宇は意を決して引き戸を開けた。 「遅せぇよ、タバコ吸いたくてイライラし始めてんだけど」 絶対に言うだろうな、と思っていた事を橘に言われ、このヤンキー先生は裏切らないなと苦笑した。 「じゃあ吸いに行けばっ」 「あそこは誰が聞いてっか分かんねーから無理。 それよりひょろ長の様子はどうよ」 「ひょろ長じゃなくて怜だってば。 …怜なら変わりないよ。 今日から一週間、担任と進路の相談するから一緒に帰れないって事も言った」 なんでこんな妙な時期に進路相談?と怜にはかなり不審がられたけれど、由宇が父親の希望で医大に進まなければならない事を知るからか思っていたよりは訝しまれなかった。 昨日夕方前には怜の自宅に着いたので、一緒に過ごした時間が長かったおかげもある。 誰かから運ばれてくる昼食の後、橘は由宇を自宅に送ってくれた。 支度を済ませて家を出るとまだ自宅前に居てくれていたので、遠慮なく怜のマンションまで送ってもらった。 優しいんだか何なのかよく分からないが、橘は由宇を揶揄う時以外は口数が少ないのであえて由宇も送ってくれたお礼を言うに留めていた。 「ひょろ長、ごねた?」 「ちょっとだけ。 でも真剣に言ったから大丈夫だった。 俺が医大に行かなきゃっての怜は知ってるから」 「なに、お前医大行くの? 無理じゃね?」 「なんで!!」 橘の驚いた顔を初めて見たかもしれない。 ほんの少し目が開いただけで、表情が変わったわけではないけれど。 はっきり「無理」と言われては由宇も黙っていられない。 「まだ受けてもないのに決め付けんなよ! 三年に上がるまでに学力底上げがんばるもん!」 「いや、そもそもお前数学ダメじゃん。 医大行くなら理数系は必須だろ。 底上げ厳しめ」 「厳しめって先生が言う言葉じゃないだろ! そんな事言うなら教えてよ!」 「いいけど」 「へっ!?!」 「何だよ。 んなトボけた顔して」 売り言葉に買い言葉的にポロッと言ってしまっただけなのだが、即答でOKの返事がきて驚かないはずがなかった。 由宇は溢れんばかりに瞳を見開いて、橘を凝視する。 トボけた顔と言われてしまったが、そんな事はどうでもいい。 そして今ここに来たのは、由宇の医大合格が厳しめだと暴言を吐かれに来たわけではないから、一旦その話はやめておいてもらいたい。 「ふーすけ先生、あの……、まずは怜の家の事を片付けてから…お願いします」 「それで間に合うのか? お前、超文系なのに」 「いや、間に合うかどうかは分かんないけど、怜の事が落ち着かないと俺も勉強に集中できないもん」 「あーお前いっこの事しか出来なさそうだよな。 不器用そう」 「キィっ……!! むむっ」 確かに橘の言う通りだが、フッとバカにしたような薄ら笑いに腹が立って絶叫しかけたが、あえなく口を塞がれてしまう。 塞いできた掌を舐めてやろうかとイタズラ心が芽生えたけれど、そんな事をしたらまたさらなる反撃が待っていそうなのでやめた。 「うるせぇって、学校で鳴くな。 ホントの事言っただけだろーが」 「言い方! そんでバカにしてる顔! ぜんぶムカつく!」 「お〜お〜今日もガキは威勢がいいな。 とても放課後とは思えねぇ」 「その余裕ぶった顔!! 腹立つ〜っ!」 授業の時はいつもの橘だったせいで、一昨日からあれだけ一緒に居たのにすっかり忘れていた。 橘はこういう人だから、感情を揺さぶられないように由宇がしっかりしなければならないのだ。

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