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6一2

6一2 橘の言葉にいちいち反応してしまうからダメなのだ。 短期決戦のシナリオを書いた張本人が焦る素振りを見せないので忘れがちだが、今は喚いてる暇も、イライラさせられてる暇もない。 由宇は、橘が腰掛けている机の傍に座って、今日も変わらずな悪魔顔を見上げた。 「いいや、もう何でも。 とりあえず学校帰りに怜の家に寄って帰るから、どう切り出したらいいか教えて」 「あー。 今日は会わなくていい。 LINEでやり取りしろ」 「えっ? 文章から説得始めるの?」 「そうだ。 いきなり言うと怪しまれんだろ。 じわじわいかねーと」 なるほど、そうか。 進路相談した帰りに怜の家に寄って突然、母親の見舞いに行ったら?など、唐突過ぎて不審がられてしまう。 橘はカッターシャツの胸ポケットから黒色の禁煙パイポを取り出し、咥えた。 タバコを吸いたい気持ちが抑えきれなくなったらしい。 「でもさ、なんて打ったらいいんだよ。 怜の気持ち考えたら、余計に切り出し方が分かんない…」 「お前だったら、なんて言われたい?」 「………え……俺だったら…?」 (俺だったら………。 って、やっぱ、怜の言う通り、行く気はないんだからもうその話はやめてって言っちゃう事しか思い付かない…) やはり我が母親が精神を病んでいる現状を受け止めるなんて、出来ないかもしれない。 今までは客観的にしか怜の家族を捉えていなかった由宇だったが、今の橘の一言は重かった。 容易く解決出来る問題ではないのだから、自分に置き換えて考えなくては何も答えは見付からない。 (俺だったら、………) 「まず切り出すんなら、楽しかった思い出とか…こうなる前の話をしたいかもしれない。 引き出すのは簡単じゃないかもしれないけど、何気なくそっちに話持ってくようにする」 「いんじゃない。 ひょろ長にとって母親がどれだけ大切な存在か、再確認させる事が重要だ。 単に家族を元通りにしただけじゃ、意味がねーからな」 「うん、そうだね。 こんな事があっても元に戻せる力、絆があるって、分かってもらえたらいい…かも」 「鴨? 今週末は鴨食うか」 「はっ!?」 やっと捻り出した由宇の最初の一歩が、またも橘のマイペースさにより妙な方向へと向かい始めた。 言いながらも、どう文章を打とうかな…と悩み始めていた由宇にとって、橘が週末に鴨を食べるなど超どうでもいい事である。 「久々食いてぇな。 あー想像したら週末まで待てねー。 今から行くぞ」 「え、ちょ、えっ!?」 ルーズに腰掛けていた橘が立ち上がって扉へと歩んだ。 行くぞ、という事は由宇も一緒になのだろうか。 説明不足な橘の背中を見詰めていると、禁煙パイポを前歯で噛みながら振り返ってきた。 「一人でメシ食うの嫌なんだろ。 靴履き換えて俺の車んとこで待っとけ」 「待っとけって、ねぇ!! 先生!?」 「ふーすけ先生」 「…………………………」 「遅せぇと置いてくからな。 鴨は美味えぞ〜。 フルコース頼んじまお〜。 二人分予約すっから急げよ」 「なっ? ちょっ、待っ……ええ???」 (ど、どういう事!? レクチャーは??) ほんの二言ほど怜の話をしただけで、あっという間に鴨を食べに行く事になった。 訳が分からないけれど、急げと言われたからには急がなくては。 由宇は早歩きで廊下を駆け抜け、上履きと靴を履き換えて教職員専用の駐車場へ向かう。 橘の厳つい車の傍で待つ間、スマホを取り出して怜との日々のやり取りを見返していく。 何気ないやり取りの中に、何かヒントはないだろうかと上へとスクロールした。 「あ、……あった………」 ちょうど、この話を聞かされた頃辺りのやり取りの中で、怜は母親に関する言葉を一行だけ由宇に送ってきていた。 それに対する由宇の返事は、今見返してみると何とも上っ面で心がない。 分かってあげているフリをしているだけに過ぎない、同調の言葉を返している。 『母さん元気かな』 『病院にいるならひとまずは安心だよ』 心配しなくても大丈夫じゃないかな。 その時の由宇はそういう思いで返してあげるので精一杯であった。 今考えると、これはお見舞いに向かわせる最大のチャンスだったのだ。 これ以降、怜は由宇の思いをどう汲み取ったのか分からないが母親への心のシャッターを静かに下ろした。 「怜、………」 頑なに怜が母親と会いたくないと言うのは、今まで見ていた母親の姿がもうそこには無いのかもしれないという大きな不安と絶望からくるのだと悟った。 元気で生きていてくれるなら、それだけでいい。 そう自身を納得しているようにも思える。 会いたくないのではなく、怖くて「会えない」のだ。 「鴨〜鴨〜」 タバコを吸いながら現れた呑気なスーツ姿の魔王は、由宇を見付けると「乗れ」と一言だけ言ってさっさと運転席に乗り込んでしまった。 「どんだけ鴨が楽しみなんだよ」 鴨にメロディーまで付けていたので、珍しく機嫌が良さそうだと分かってちょっとばかし気味が悪い。

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