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12一9
終業式が行われている体育館脇。
ズラリと並んだ教師達の中に、ブラックスーツをスマートに着こなした橘が居る。
黒髪をハーフアップに結ったその髪は、もはやロン毛と言っていい。
眉間に皺が寄っていなければ、どこぞの役者かと見紛うほど整った顔と、すらりと高い身長。
それに伴って手足も長く、役者でなれけばモデルかという風体である。
元暴走族の副総長だと聞いても何も驚きはしないが、見た目とは裏腹に実に正義感溢れる男だ。
面倒くさがりなのに曲がった事が嫌いで、自身の信じた道をひたすら貫く。
それでいて朝が苦手なのに毎晩晩酌をする。
頭の回転が早いので、言い合いをしたところですぐに口悪く打ち負かされてしまう。
───橘はとても人間味溢れる男だと思った。
あれほど自分に正直に生きている大人は居ないのではないかというほど、人間としても、男としても、憧れの対象になり得るくらい魅力的だ。
(先生の事、最初はめちゃくちゃ嫌いだったのになぁ…)
校長が壇上で熱弁をふるう姿を、大勢の生徒達の真ん中で起立して見詰めていた由宇は、昨日の事を思い返していた。
個人授業最終日だった昨日、いつもと何ら変わった様子のない橘とは普通に別れた。
これが個人授業最後なんだと切なくなっていた由宇の胸中などお構いなしに、本当に、いつも通りに。
『先生のおかげで俺、期末満点だったでしょ』
『あぁ、そうだな。 中間と期末の総合見ても、理系選択いけんじゃね』
『やった! ……先生、ありがと。 ほんとにありがと』
『お前がそんな素直だと怖え。 明日は吹雪か?』
『雪の予報だったよ! 今年の冬はかなり寒くなるみたいだから、初雪も早いね』
『ガチで返してくんなよ。 …明日は初雪が見れんの』
『分かんないけどね。 予報は予報だし』
『お前、親どうなった』
『ん〜二人のムスッと感は相変わらずかな。 でも、お父さんとお母さんが喧嘩しなくなっただけマシ。 怒鳴り声無いだけで、勉強もはかどったよ』
『………夜泣きは?』
『あれから一回もないよ。 てか夜泣きって言うな!』
『そうか。 …ま、夜泣きしてもお前の好きな奴を振り向かせて対処してもらえばいーしな。 せいぜい頑張れよ』
『頑張らないよ。 俺は片思いで十分楽しいもん』
『変な奴。 六時過ぎたな、帰れ』
『はーい。 先生、ありがとうございました』
『だから素直なの怖え。 ……気を付けて帰れよ、…由宇』
由宇は振り向かずにその場を後にした。
最後まで橘は由宇を見詰めてくれなかったけれど、由宇はそれで良かった。
このまま教師と生徒の関係を強化していかなくてはならないなら、見詰め合うのは危険だ。
いけないところまで、落ちてしまう。
そう思っていたのに、最後の最後に橘が神妙な面持ちで「由宇」と呼んできた。
(……あれは反則だ)
心をグッと持っていかれそうになった。
あの刹那、改めて、この男が好きだと思った。
天邪鬼な優しい悪魔に、由宇は本気で恋している。
胸が苦しい。
息ができない。
ふーすけ先生を想うと夜も眠れない。
意地悪く笑う下手くそな笑顔が、自分だけのものになったらいいのに。
楽しげに揶揄ってくる悪魔と、永遠に軽口を叩き合って笑っていたい。
こんなに好きになるなんて思わなかった。
毎日、毎日、毎日、毎日、勉強など本当は二の次で橘の事ばかり考えている。
想うだけは勝手だからと開き直ってはいるけれど、どうしても、そう考えば考えるほど由宇の心は橘で埋め尽くされてゆく。
あの人に愛されたい。
願っても叶わない、由宇の片思い。
年齢も、性別も、恋をすればそんなもの何も関係無かった。
抱き締めたいし、抱き締めてほしい。
橘の力強い腕を知っているから尚の事、感触を味わう余裕の無かったあの頃が恨めしい。
覚えていたかった。
あの時この気持ちに気付いていたなら、もっと橘との時間を大切に過ごしていた。
何も分からなかった無知さ、鈍感さに嫌気が差す。
由宇はソッと橘を盗み見た。
すると思いがけず橘と目が合った。
(先生………)
一瞬で胸が締め付けられる。
数秒見詰め合った後、橘から視線を外された。
同時に由宇も視線を外し、壇上を見上げる。
片思いなんて、楽しいはずない。
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