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進路の変わった由宇は、クリスマスもお正月も楽しまず、気を抜かず、勉強に打ち込んだ。
真琴といい感じな怜とは連絡を取り合うだけに留めていて、冬休み中はあの二人から距離を置いていたのであれからどうなったのか由宇は知らない。
何もかもを忘れようとするかのように机に向かい続けた。
一度シャーペンを置き、伸びてきた前髪をゴムで結んでちょんまげを作る。
本当に今年の冬は寒い。
足元にはモコモコの靴下を履いて、部屋の暖房を入れていても厚着をしなければならないほどだ。
「う〜〜っ、寒っ」
寒さで集中力が切れてしまい、温かいお茶でも淹れようと階下へ降りる。
キッチンには、母親が居た。
「あら由宇。 お茶? 淹れようか?」
「あ、…うん。 お願い」
母親は、父親と喧嘩をしない日々によって穏やかさを取り戻しつつあった。
肌や髪の手入れもマメにするようになったし、忙しさにかこつけてほとんどしなくなっていた料理も、たまにだが振る舞ってくれる。
由宇が密かに自慢だった、綺麗でバリバリのキャリアウーマンの姿が戻ってきているのは、いい兆候だと思う。
母親が穏やかだと、父親もそこまで機嫌が悪くなる事はない。
決して仲良くなったとは言えないけれど、一見して仲違いのあった夫婦には見えないくらいには、落ち着いている。
あの暴露会が無ければ、きっとこの状況は生まれなかった。
橘は言っていた。
『親の修復はかなり時間が掛かる。 ひょろ長んとこよりもだ』
この台詞通り、確かに二人の修復には相当な時間を要するだろう。
だが、離婚間近だった二人が同じ空間で同じ時間を共有しているなど、由宇は未だに信じられない。
家の中が真っ暗闇でどんよりしていた頃と比べると、今がどれだけ平和か分かる。
「あ…ありがと」
「どういたしまして。 進路希望は出したの?」
「うん。 その…俺は……」
「由宇は好きな道を進みなさい。 あなたの人生よ」
「……………うん」
「三者面談の日程分かったら教えて。 休み取るから」
「えっ? や、休み…取ってくれるの?」
そもそも母親とこんなに会話をする事自体が久々の事で、お茶で喉を潤していないと声が掠れてしまいそうだ。
これまで、大事な局面での三者面談はすべて欠席だった。
困った担任が電話で母親とコンタクトを取ったと知って、由宇は恥ずかしさと喪心に肩を落としていたのだ。
その母親が、わざわざ仕事を休んで由宇のために時間を割くとは。
「取るわよ。 お母さんもう頑張らないって決めたの。 今の職場は三月で退職して、次はもう少しこじんまりした病院に勤めるわ。 由宇の大学受験に備えたいの」
「…そうなんだ……」
本当に、橘のシナリオ通りに事が進んでいる。
由宇の両親の件を解決しなければ幸せは訪れないと語っていたが、もう遅いだろと由宇は内心では完全に諦めていた。
我が家族が元通りになるなんて、あり得ない。
顔を合わせれば怒鳴り合い、同じ空気を吸いたくないとばかりに離婚直前だった二人だ。
だが今、両親はその選択をしていない。
それはすべて、由宇のためのような気がする。
『由宇を幸せに出来んのはあんたら親だけだろ!』
怒りを持ってそう捲し立てていた橘の怒号が脳裏によぎった。
あの時からすでに、橘にはこうなる事が分かっていたのだろうか。
少しずつ、少しずつ、時間はかかるかもしれないが、由宇の幸せへの道が拓けていく事を。
「今までごめんね、由宇。 事故の時まともにお見舞いにも行かないで、高校の入学式にも行かない親なんて、親とは思えないわよね。 あの先生、口調は強いけど正論ばかり言ってたわ。 あの後さらに電話でもキレられちゃった」
「え!? あの後って、あの後?」
「そうよ。 あれは念押しのつもりだったのね。 お父さんはどうだか知らないけど、お母さんは心入れ替えなきゃって思った。 由宇の担任の先生って、学園ドラマ見てるみたいに正義感たっぷりね」
「…………先生が電話まで…」
「やだ、もうこんな時間。 勉強一段落したら早く寝なさいよ。 ……あの先生が言ってたわ。 きちんと寝ないと、勉強した内容が頭に入らないからちゃんと寝かせてやれ…って」
暴露会の後にさらなる念押しがあったとは知らなかった。
(ずるいよ先生……カッコ良すぎるじゃん…)
橘の事を考えたくなくて一心不乱に勉強に励んでいたというのに、由宇のためにそこまでしてくれていたなんて、本当にずるい。
それで、『俺を好きになるなよ』も、ずるい。
温かいお茶に口を付けると、橘が淹れてくれた絶妙な湯加減とほのかな甘み、やわらかい苦味のある煎茶をも思い出してしまう。
ダメだ。
橘との思い出が多過ぎて、いたるところで耽ってしまう。
「………うん、分かった。 ……おやすみなさい」
「おやすみ」
湯呑みを持ったまま、由宇は階段を上がった。
手足が温もってきた今のうちに寝てしまおう。
きちんと寝ないと勉強した内容が頭に入らない……と、橘が言っていたようだから。
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