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無言の橘に腕を引かれて門外へ出てみると、由宇がここへ訪ねて来た時には居なかった拓也と瞬が待ち構えていた。 「風助さん! どうしたんすか、それ!」 「すげぇ血……」 二人ともが、橘の破れた袖と掌に雑に巻かれたシャツを見てギョッとしている。 流れ落ちはしないが、未だ血は止まらずに患部は恐ろしいほど真っ赤だった。 「ドス握ったらこうなった。 瞬、俺の車運転しろ」 「了解っす」 「拓也、俺の家まで送れ」 瞬に車の鍵を渡し、橘は言いながらもすでに拓也のワンボックスカーに乗り込もうと後部座席のドアを開けている。 まずは由宇を乗せようとしたのか背中を押されたが、この怪我で家に帰るつもりなのかと、拓也と由宇は同時に仰天した。 「いやいや風助さん! ドス握ったんでしょっ? まず病院っすよ!」 「何言ってんだよ先生! 病院が先だろ!」 橘の顔色はずっと悪いし、患部はもはや直視出来ないほどなのに、このまま帰すわけにはいかない。 二人で橘に食ってかかると、彼は青白い顔色をしておきながら「何で?」の表情を浮かべている。 「こんなもんほっときゃ治る」 「治らないよ! 拓也さん、病院までお願いします!」 神妙に頷いた拓也にホッとして、乗り気ではなさそうな橘から再度背中を押されて由宇は車に乗り込んだ。 「風助さん、その名刺なんすか?」 「あぁ? これか。 親父さんがこの病院行けって」 ドアを閉めようとした橘のワイシャツの胸ポケットから、親玉が最後に渡していた名刺がチラと覗いていた。 拓也に指摘されてそれを取り出して眺めた橘が、「あ」と声を上げたので由宇も名刺を覗き見る。 そこにはよく知る人物の名前が記されていて、由宇も同じく声を上げた。 「あ……」 「きな臭い奴は全部繋がってんのかって疑っちまうな」 「どうしたんすか?」 「この名刺見てみろよ。 去年お前らにも協力してもらった、こいつの親父の名前だ」 「人の父親捕まえて「きな臭い」とか言うなよ…」 親玉が渡した名刺には、よく知るどころか我が父親の名が刻まれていた。 今や外科部長の椅子に座る由宇の父親は、確かに息子である由宇すら計れない謎の多い男ではあるが、「きな臭い」は言い過ぎだ。 「とりあえずこの病院向かいますね。 風助さん顔色ヤバイっす」 橘から名刺を受け取った拓也がドアを締めて運転席へ移動し、速やかに車を出した。 拓也の車の後ろには、橘の愛車を運転する瞬がついて来ている。 由宇は背凭れに背を預けて、橘の横顔を見詰めた。 (はぁ………まだドキドキしてる…) 来るタイミングを間違えたとヒヤヒヤしていたが、あんな乱闘騒ぎになるとは想像の範疇を超え過ぎている。 たとえあれが親玉が仕掛けた芝居だったとしても、橘が体を張らなかったら怜の父親が木刀で殴られて大変な事になっていた。 橘が痛いと声を上げたほど、木刀男はそれを力いっぱい振り下ろしたのだ。 怜の父親がまともにあれを体に食らっていたらと思うと、空恐ろしい。 いつか、得意だと豪語する回し蹴りを見てみたいと思ってはいたけれど、それは人相手にではない。 ───確かに華麗ではあったが。 大変な惨事を目の当たりにし、隣には負傷した橘がいる由宇の胸中は、容易く落ち着けるはずなどなかった。 左隣の橘の顔色をこっそり見てみる。 (先生…………) 青白い。 あれだけ出血していたらそうなるだろう。 普通なら意識を飛ばしてもおかしくない状況だと思うのに、橘は毅然と前を向いている。 「今さら見惚れるな」 「……………!」 ……見詰めていたのがバレた。 心配で顔色を窺っていただけで、決して見惚れてなどいない。 いないのに、橘の右手が由宇の小さな手をきゅっと握ってきて心臓が飛び上がった。 「聞いてたか」 「……な、何を…?」 「俺の告白」 飛び上がった心臓がドキドキうるさい。 急にそんな事を言われても、返事なんか考えていなかった。 怪我をした橘が心配で心配で、告白の事などすっかり置き去りにしていたのである。 しかもあの告白は由宇に向けてではなく、仏頂面の親玉に向かって言っていた。 告白するなら、ちゃんと目を見て直に言ってくれなければ、由宇は受け止めたくない。 まだどこか真実味がないから、橘の想いが本物なのだと分からせてほしい。 由宇は意を決して歌音宅のチャイムを鳴らし、失恋覚悟で橘と対峙した。 それだけではなく、号泣しながら寂しく帰宅するイメージまで湧かせていた。 これまでの片思いの日々が報われるかもしれない希望を、何ともあっさりとした告白でなど終わらせてほしくない。 「っっ! 聞いてたけど、……俺は聞いてない」 「聞いてたんならいい。 お前の返事は?」 「……こ、ここで言えるわけないだろ! 俺は聞いてないとも言った!」 「オッケーとみなす」 「えっ!? ちょ、ちょっ? 重いって…っ、待っ……んんーっ!」 ニヤリと笑った橘は由宇の太腿の上に乗り上げ、シートを倒してきたかと思うといきなり唇を押し付けてきた。 (この言葉足らずに突然襲ってくるとこ、ほんと変わってない…!) 何なんだ!と動転する隙すら与えてくれない。 橘の舌が唇からねじ込まれてきて、ぬるぬるとした温かさに驚きと懐かしさを覚えてしまい……唐突なのにも関わらず歓喜に湧く自身を自覚してしまった。 「んっ…っ……」

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