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口紅-1

level.3 カバンの中から小さな紙袋を取り出す。 その中には、口紅が入っていた。 捩ると、深紅の口紅が顔を出す。伸び出たそれを傾け、震える指のままそっと下唇に当てる。 放課後。僕は、人気のない棟の一番奥……薄暗くて殆ど誰も使わない、トイレの鏡の前に立っていた。 震えが止まらない。 多分、お店でこれを買う時より、緊張してる…… これを塗ってしまったら、僕が僕ではなくなってしまう様な気がして…… 鏡の中の自分を見る。 洗面台に手をつき、ぐっと鏡に顔を寄せる。 そして、口紅をゆっくりと……不器用ながらも横に引いた。 「………」 色白の肌に、くっきりと浮かぶ深紅。 艶っぽく、寂しそうな唇。 物欲しげで、汚い…… 汚い ……似合わない 寧ろ、気持ち悪い…… 鏡に映る僕に、心底嫌気がさす。 ……こんな事したって、女の子になれる筈ないのに…… 手の甲で擦り落とそうとして、止める。 ……もう、辞めよう…… 「………」 蛇口を捻り、出てきた水を片手で掬う。 前屈みになり、膜が張られたみたいな唇にそっと寄せる。 その時だった。 ギイッ…… 開くはずもない、ドアの音。 ドキンッと心臓が大きく跳ね、体を起こす。 「あれ、工藤?」 ハッとして、咄嗟に口元を片手で隠す。 入ってきたのは、同じクラスの山本竜一…… 背が高くがっしりとした体つき。クラスのみんなが一目置く存在で、誰とも連まない……一匹狼。 噂では、暴走族との繋がりがあるとか無いとか…… 「誰もいねぇと思ってたから、驚いたぜ」 「ご、ごめん……」 山本から顔を逸らし、慌てて洗面台に顔を深く突っ込む。 そうして顔を洗う振りをして、口紅を落とそうとした。 「……何、お前……」 突然左腕を強く掴み上げられる。それに驚いて、つい山本の方へ顔を上げてしまった。 「そういう趣味?」 「……え、ちが……」 振り払おうとする。けど、解けない…… 「……こ……これ、は……」 声が震える。 指の震えも止まらない…… 山本の、ガラス玉の様な冷たい瞳が、僕を見下す。 ……見られた…… 堪えきれず、山本から顔を逸らす。 「……似合ってんじゃん」

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