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 朝。小鳥が庭先で囀る中。  景津は謁見の間である大広間に胡坐を掻いて座り込んで居た。  段差がついた上座側の障子が開き、ひとりの男が座布団に座る。  筋骨隆々の七尺もある大男。浅黒い肌。白銀の髪。額の左右に生える短くも太い黒曜石の双角。  名を六王(りくおう)。鬼の一族首領であり、月の院の実父、そして、景津の祖父である。  威風堂々。その言葉に相応しい祖父の姿を見やり、景津は畳に拳をついて頭を下げた。 「この度は、ご心配をお掛けいたしました」 「うむ。だが、こうして再び見えたのじゃ。気に病むな。して、月には()うたのか」  威圧感はあるが、孫に語り掛けるその声は深い慈しみに満ちている。 「はい、昨夜。…母にも、また言葉を交わせたのだから、と」  苦笑を浮かべる景津に対し、六王は呵呵と笑った。 「さすが、()の娘じゃ!考える事は同じよなっ」  その時。 「失礼いたします」  噂をすれば。  月の院の侍女、 瑚乃依(このい)の声だ。上座より手前の障子が開き、月の院が姿を現した。 「父上、屋敷中に笑い声が響いておりましたよ」  入って早々の小言は亡き六王の妻、花の宮の受け売りなのか。胸中に去来したふとした懐かしさを感じながら、六王は「すまん、すまん」と小さな声で笑った。 「して、いかがした」  先程までのほのぼのとした空気は払拭され、瞬く間に緊張の糸が張り詰める。首領としての祖父の顔に、景津の背筋も自然と伸びた。 「瑚乃依」 「御前を失礼いたします」  月の院に促され、侍女が漆塗りの衣装盆を六王の前に置いた。所々ほつれてはいるものの、平民が着るには少しばかり質の良い着物が丁寧に畳まれ納められている。 「景津が纏っていたものです」  鎮座する着物から感じるのは、『外ツ者』のにおいと気配。そして、ふとしたものを感じ取り、景津も六王もほぼ同時にその表情を顰めた。  鬼の一族は『外ツ者』を嫌っている訳ではない。その証拠に、里にも『外ツ者』が住んでいるし、子を成す事は難しいが伴侶にしている者も居る。  では、何故二人の表情が曇ったのか。  それは、その着物からほんの微かにではあるが、鬼の血の臭いがするのだ。景津のものではない、別の鬼の臭い。  どうやって血の臭いが付いたのかは不明だが、化け物と鬼を迫害して来た歴史を持つ『外ツ者』の代物から血臭が漂うのはあまりいい気がしない。 「景津を救い出したのは、恐らく…いえ、確実に『外ツ者』でございましょう」  月の院の言葉に、室内は重い沈黙に包まれる。しかし、その空気を払うかのように、六王は「そうか」とひとつ頷いた。 「その者が何者であろうとも、我が孫を救うてくれたのじゃ。機会があれば礼を申したいのだが…」  難しいであろうな。  鬼の数よりも『外ツ者』の数の方が圧倒的に多く、ましてや鬼の里があるこの山に足を踏み入れる者など滅多に居ない。  あれは奇跡だったのだろう。  そう思い込む事にしてその話は切り上げられた。景津もそう思っていた、筈なのだが。  それから数日後。  景津は朝の川辺で頭を抱えたい状況に陥っていた。 「これは挫きましたね。少し腫れている」  目下にしゃがみ込む男は、見るからに『外ツ者』だ。そして、只人よりも利く鼻があの着物の持ち主だと知らせてくる。  一体、何故。どうして。  全ては早い時間に目を覚ました景津が、山の裾野を流れる竜之瀬川の下流を散策していた事から始まる。  朝餉の準備で慌しく動き回る沙耶香に声を掛け、訪れた下流。  大きな岩に腰を下ろし、冷たい水に足を浸していた。馴染みの小鳥や獣達が挨拶に訪れ、囀りや木々のざわめきを聞きながらちゃぷちゃぷと爪先で水面を揺らめかせる。  ふと、空気がざわめき、他の動物達も同時に顔を上げると、景津に倣うかのようにある一点を見つめた。 「…血の臭い。お前達、住処へお帰り。私も里へ戻る」  景津の言葉に従い動物達は八方に散り、景津もまた里へ帰る為に立ち上がった。  が。 「うわっ」  案の定、気持ちだけが先走り、足を滑らせて体が傾いだ。ばしゃんと大きな音を立てて川に落ち、濡れ鼠となってしまう。

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