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メール
快速電車にギリギリで乗り込んだ直人は、吊革を片手で掴むと徐にポケットから携帯をとりだした。
昨晩とある人物からのメールをずっと待っていたのだが、結局寝落ちしてしまった為返事を返せていなかった。
from:斎藤さん
to:ナオ
subject:今夜の事
day:20XX/5/8/02:14
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今夜7時だね。楽しみにしているよ。
良かった、来てる。
嬉しくて思わずへにゃりと口元が緩くなるのを感じて、慌てて唇を噛む。
from:ナオ
to:斎藤さん
re:今夜の事
day:20XX/5/8/07:05
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俺も楽しみです。豊亀公園で待ってます。
暫くどう書こうか悩んだ末に、送り主同様短めの文を打って送信した。
メールの相手は彼女などではない。
30代のサラリーマン。
出会い系サイトで知り合った。
☆
直人は幼い頃から自分には人と異なる趣好があると感じていた。
最初は母親が家事をしている時によく見せられたアニメの録画。時折キャラクターがイタズラをして、お尻を叩かれるシーンが流される度にドキドキと胸が高鳴った。
小学生時代は英国のパブリックスクールを舞台にした小説で、生徒が男性教諭に掌をケインで打たれる描写の乗っていたページだけを何度も読み返した。
中学生になり皆でこっそり見た友達の兄貴のエロビデオ。そこに映る軽い緊縛を施された女性に、自分を重ねて興奮した。
「あんな風に男から叱られたい。お仕置きされたい」そう思う自分と、「これは異常な欲望だ」と警鐘をならす自分がいた。
直人は特殊な性癖を持つ一方、現実では普通の何処にでもいるような優等生だった。先生の言うことは素直に聞く、勉強も真面目に取り組む、友好関係も概ね良好。どんな熱血教師も、こんな問題の見当たらない生徒にまで特別目をかけたりはしない。
両親も性格温厚、子供は誉めて伸ばそう、でも伸びなくても平凡な貴方で充分よ♪的教育方針で、理不尽に子供を怒鳴り付けるような父親とも、ヒステリックな教育ママとも無縁の家庭。
叱られる事を切望する直人に限って、叱られるような場所は何処にも無かったのだ。
そして高校入学と共に自分用の携帯を買い与えられる。情報ツールを手に入れた事により、初めてこの感情にマゾヒズムという名前が付いた。同時に、自分と同じような性癖を持つ人間がこの世には存外沢山いて、被虐趣味の人がいれば同じように嗜虐趣味の人もいるのだと知った。
また、この頃には直人は自分がゲイだと自覚するようになっていた。
人間、知らなかった時には我慢できたものも、知ってしまえば我慢出来なくなる。
いけないと分かってはいても、直人の欲望はもう抑えられないものとなっていた。
SMの出会い系サイト、『discipline』の掲示板にパートナー募集の書き込みをしたの4ヶ月前。相手が見つかったのはその2週間後。そしてチャットでのやり取りを続けて3ヶ月、一度外で出会わないかという話になるまで相手との関係は進んでいた。
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