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待つ

時刻は午後6時過ぎ。 隣街にある豊亀公園には子供の遊ぶ姿は無く、仕事合間の休憩なのか作業着姿のままタバコで一服している中年男性、犬の散歩に来たおばさん、ベンチに深く腰を降ろす営業帰りらしきサラリーマンなど、大人達がチラホラと見られるだけだ。 …高校生1人は目立つだろうか。 大人の憩いの場と化している公園の前で立ち止まり、直人は早く着きすぎたと少し後悔する。しかしあまり詳しくもない土地で、時間を潰すのに適当なお店を探しに行くのも躊躇われる。 少しの間示逡巡した後、このまま時間まで待つことに決める。空いているベンチを探して腰を降ろすと座面は当たり前だが冷えきっていて、ブルリと体が震えた。 五月上旬、昼間は初夏のように暑い日もあるが夜はまだ少し肌寒い。パーカーの上にもう一枚羽織るべきだったかな、鍵ちゃんと閉めて出てきたっけ、と今更考えても仕方のない事ばかりが頭を過り、首を振る。 携帯弄りはwifiが飛んでいない中では控えたいし、単語帳などの勉強道具も持って来ていないのでする事が無い。 仕方なくぼんやりと曇り空を眺め物想いにふけることにする。 掲示板にパートナー募集の書き込みをしてから、実は斎藤さん以外からも連絡は届いていた。 ただ、一番最初に反応をした人のメールはとても高圧的な文面で、それはSの人なのだから当たり前なのかもしれないけれど直人にはハードルが高すぎた。次に来たメールはまるで会社の企業メールかと思うような凝り固まった文面で、信用は出来そうな気がして自分も頑張って丁寧な返事を送った。しかしそれから数度のやり取りを交わしていくうちに、プレイよりも言葉遣いばかりが気にかかって楽しめていない自分がいる事に気付いて辞めてしまった。 なかなか上手くいかず、半ば諦めかけていた頃に届いた三番目のメールの送り主が、斎藤さんだったのだ。 固すぎず、かといって馴れ馴れしくない丁度良い距離感を捉えた文面。最初の二人が明らかに偽名だったのに対して、斎藤という普通の名前だったのも良かった。 最初は他愛のないやり取りから始まった。 何の仕事をしているのだとか、誕生日はいつだとか、本当にただの初対面の人同士の馴れ合いの会話。そこから段々と自分の性癖の事を話すようになり、セーフワードやNGプレイを二人で決めて、いよいよチャット越しにプレイを始めたのは1ヶ月程前。話だけの間はまだ他人行儀なところが抜けなかったが、プレイを始めてからの距離の縮み方は驚くほどに早かった。人間、一度本性を見せてしまうと理性の跨が外れるのは容易になってしまうらしい。 現に、この短期間の内に「実際には会わずにチャットプレイだけ」という当初の約束を違えて会うことになるくらい急速に親密度は増した。 しかし、此処まで距離を縮めた本当の理由は斎藤さんの話し方や送られてきた写真が何処となく伊織と似ていた事にあるだろう。 30代半ばで長身、後ろ姿だけの画像だった為容姿はどうか分からないが、シルエットはかなり似ている気がした。直人の写真はNGという一方的な要求を快く承諾し、親身になって自分の話を聞いてくれるその誠実さは伊織以上かもしれない。 ……伊織は直人の理想だ。 イケメンで仕事も家事もスマートにこなし、お洒落な服をさりげなく着こなす。物腰は穏やかで会話も巧み、しかしそこにチャラさや女々しさは感じられなくて、寧ろ大人の余裕が見えて頼もしい。一緒に暮らすようになって気付いたが、デスクワークが基本の職種なのに、洗い物をしている時に捲られるワイシャツの袖から垣間見える腕の筋肉は逞しく、きっとその衣に隠された肉体も無駄なく鍛えられているのだろうと容易に想像させられる。 何より、直人はもはや伊織に対してただの憧れの大人、では済ませられないほどの感情を持っていた。 だが伊織は奥さんが居たのだから勿論ゲイでは無い。性癖もノーマルだろうし、それどころか普通と比べても多分淡白な方。引っ越した当初、悪戯心というか、恐いものみたさでその手のDVDや雑誌などが有りそうな所を片っ端から漁ったのだが、これが本当に独身男が1人で暮らす家なのかと目を疑うくらいにそういう類いのモノは全く見当たらなかった。テレビで下ネタをやっていても、隣で声を上げて笑っている自分が消えて無くなりたくなるくらいにクスリとも笑わない。 そんな清廉潔白で立派な人に、こんなにも性癖を拗らせまくった人間が想いを寄せて良い訳が無い。 好きだからこそ、自分のこの歪な本性は絶対に知られたくない。 「はは…」 これから斎藤さんに会うというのに、伊織の事ばかり考えてしまう自分を自嘲する。 どれだけ往生際が悪いのだ、と。 ……早く、諦めてしまえ。

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