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対面
不意にブルルル、とポケットの中が振動で揺れた。
携帯を取り出すと、思った通りメールの通知が来ている。右上に表示されている時刻を見て、ボーッとしているうちに約束の時間間近になっていた事に気づく。
タップすると、案の定斎藤さんのメッセージが浮かび上がった。
ーー今着いたんだけど、いるかなーー
はっとして辺りを見渡すが、園内に居るのは直人が来た時からいる作業着姿のおじさんだけ。
だが、暫くキョロキョロと公園の周りを見渡している内に、裏口付近に黒い軽自動車が止まっていることに気付いた。
…あれ、だろうか。
充分有り得る事なのに、自動車で来るかもしれないという発想はすっかり抜け落ちていた。
ーー居ます。入り口に向かって左から二番目のベンチに座ってますーー
緊張と興奮で震える指で何度か打ち間違えをしながらも返信する。
すると、その数秒後にバンッとドアを開ける音がした。
運転席から人が降りて、此方へ真っ直ぐと、迷いの無い足取りでやってくる。
不思議だ。
携帯越しにしか話した事の無い相手が同じ空間にいる。
理解していた筈なのに、実際目の当たりにして初めて、自分が人工知能でも何でもない、生身の人間を相手にあんなことやこんなことをしていたのだと、実感した。
車から此処までの距離は数十メートル。
すっかり日が落ちた空の下でこの距離では、黒いシルエットしか見えない。
徐々に自分に迫ってくる人影を、直人はただぼんやりと見つめた。
直人を照らす外灯の小さな光の輪を、男の影が侵食した。
「こんばんは。君がナオ君……で良いのかな?」
「____はい。斎藤さん……?」
ニッコリと微笑みを浮かべ頷いた相手を、直人はマジマジと見入ってしまった。
……写真では伊織さんに似ていると思っていたが、実際に会ってみると全然違う。同じ30代でもこの男の方がずっと老けて見えるし、前を全開にさせた白色のスーツジャケットがとても下品だ。
「会えて嬉しいよ。横、座っていいかな?」
「あ、、どうぞ……」
どっかりと隣に座った斎藤さんからは僅かにアルコールの匂いが感じられた。
「あの…仕事帰り、なんですよね?」
「え?ああ、そんな話になってたっけな」
は…?
そもそもこの約束は、斎藤さんが仕事でこの近くへ来る予定を話したのがきっかけだ。
それがどうしてこんな回答になるのか。
服も仕事着っぽく無いし……。
沢山の不可解な点について、訝しんでいる間にも斎藤さんは一方的にペラペラと喋ってくる。
「それにしても、此処は寒いね。何処か暖かい所に移動しないかい?」
「え…」
「心配しなくても帰りもちゃんと送ってあげるからさ、車に乗ってよ」
流石に初めて会った人の車に乗るのは不味いのではないだろうか。
そう思う間もなく腕を強引に引っ張られ、公園の裏口へと連れて行かれる。
どうしよう。
怪しいし、危険すぎる。
常識的に考えて、これは付いていくべきじゃない。
そう思う一方で、携帯の中に居たあの優しく紳士な斎藤さんを信じたい、忘れられない自分がいる。
でも、目の前にいるのは本当に、自分の悩みを真剣に聞いてくれた、あの斎藤さん……?
「あのっ!」
車の前照灯が照らす所まで来てしまったところ、でやっと声を上げる。
「何だい?」
車のキーを片手で解除しながら斎藤さんが振り向く。
「俺達のセーフワード、覚えてますか?」
斎藤さんは静かに目を閉じると、フゥッと息を吐いた。
次の瞬間、男の血の気の無い唇から紡がれた言葉は、直人が想像したそのどれとも異なるものだった。
「おい、セイ。何だったか覚えてるか?」
ピピッ
緊迫した空気には余りにも場違いな電子音と共に、後部座席のドアが開く。
闇の中から現れたのは、病的な白さの細い首に赤い首輪を着けた少年。
「『impossible』です。御主人様」
少年の口から紡がれた正しい答えに、目の前が真っ暗になった。
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