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帰り道
「いやあ、わざわざ片道2時間もかけて行ったのにまさか中止になるなんてなぁ」
「まあ、電子機器の不具合は運営の責任ですし、我々にはどうしようもないですしね」
伊織は同じ社会科の担当の福谷と喋りながら街路を歩いていた。予定では名古屋で授業をしている筈のこの時間、福谷が言ったように突如中止になってしまった為こんな時間に帰ってくる事になったのだ。
「でも篠川先生は偉いよ、中止が言い渡されるまで電子黒板使えない中、用意してきた授業とは別の授業アドリブでやったんだろ」
「いや、授業といえるような代物では無かったですよ。生徒の反応を見たりする余裕も無かったですし」
「不測の事態ってやつは何歳になってもなかなか慣れないもんだな」
「でも福谷先生良いんですか、小さい娘さんもいらっしゃるのに僕なんかと飲んでも」
帰り道に福谷一押しの隠れ家的な良い居酒屋があるのだと言うから、駅から離れた人通りの少ない道路を歩いているのだが、福谷は自分とは違い一児の父だ。今年で2歳になるらしい娘は目に入れても痛くないほどの可愛がりっぷりで、年が近く比較的仲の良い伊織はいつも親バカ話を聞かせられている。
「わかってないなあ、篠川先生。夕食要らないって言って出てきたのに定時近くに帰ってきたら、それこそ子育てで疲れている細君が発狂するよ。夕食作らないといけないじゃない!て」
「あー、確かにそうですね」
予定に無かった事をしなければならないという事の面倒臭さは伊織にも理解出来る。
「篠川先生は変な所で抜けてるよなぁ。さっきだって「早く帰れる事になったって、甥っ子に連絡入れないと」って電話しようとするし」
「……そんなに変な事ですか?」
自分を抜けていると評するのは福谷くらいだと思う。
「考えても見ろよ。篠川先生が預かってる甥っ子って高校生だろ?毎日定時に帰ってくる厄介な叔父が今日は居ない。夜遊びしたい年頃の男子には絶好のチャンスなのに、電話なんて無粋な事するこたぁ無い」
「うちの直人はそういう子じゃ無いと思うんですけど」
夜遊びなんて、している所は勿論義姉から聞いたことも無い。
「いーや、男なんて皆そんなもんだよ!実際電話出なかったんだろ?」
「……じゃあ娘さんが高校生になったら放って置いてあげるんですか」
「許すわけ無いだろ!変な男に引っかけられたらどーするんだ!」
「矛盾してません……?」
何を想像したのか、熱く拳を握り締める福谷に嘆息する。
「野郎と可憐な愛娘じゃ話の次元が違うの!あー、でも最近は野郎でも男引っかけたりするらしいから分からないか」
「はい?」
「ママ活とかパパ活とか言うんだって。SNSで知り合った中高生に大人がお金払って一緒にデートしたりするらしいよ。尻の青いガキの相手して何が楽しいのかさっぱりだけど」
「はあ……」
自分の知らない世界があるのだな、、と若干引きながらも相槌を打つ。
「でもそういうのってヤンチャな子達やお金の無い子達の間で流行っているものでしょう?」
真面目な直人には縁の無い話だ。
「そういう訳でも無いらしいぞ。俺もテレビで特集組んでたのを見ただけだから詳しくは分からないけど。ほら、あーいう一見大人しめの男の子とかが意外と………って、ちょっとあれヤバくないか?」
「え?」
ほら、あれ。と福谷が指差した方向には、公園のフェンスに沿って停められている車が見え、さらによく見るとその陰で何やら揉めている二人の男の姿がある。
1人は福谷が言ったように、地味めの紺色パーカーを羽織った高校生くらいの少年。もう1人はハデな白いスーツ姿の中年男。
どう見ても、親子には見えない。
そして何だろう、凄く嫌な予感がする。
パーカーもシルエットも、なんだか凄く見覚えがある気がする。いや、でもこんな所に直人がいる筈……
動揺する伊織の隣で、ボソリと福谷が呟いた。
「篠川センセはあーいうの、放っておけるタイプ?」
その言葉にハッとする。
そうだ、あれが誰であろうと自分がする事は変わりない。
「いえ!」
「そーこなくっちゃな!」
否定の言葉と共に走り出した伊織の背中を、福谷が追った。
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